
学生時代まではこんな人でした。
小学校低学年ぐらいから不思議な言葉が降りてきてました。
月の綺麗な夜にお散歩してたら
「この世は夢みたいなものだよ。肉体の方が夢なんだよ。」
という言葉がいきなり浮かんだことがありました。
(当時は何のことかわからなかったのですが)
占いに関しては小学生の頃からタロット占いをしていて、
ドラクエやMyBirthday世代なのもあり、妖精や魔法などの
ファンタジーなものにとても興味がある小学生でした。
(中学生以降、オタクになりまして、現在もオタクです)
かつて住んでた所から今の場所への経緯
生まれた頃から30代半ばまでは都内某所に住んでましたが、
古戦場の跡地で霊道などもありました。
近くの大通りは川が下水になっていて、場の良くない所でした。
まるで修行をするかのようにその土地におりました。
2010年頃に不思議と「仕事辞めよう」と思い辞めました。
辞めた直後に借地の地主さんが土地を業者に売却することになりました。仕事辞めた直後にその話を父からされたので、当時は
仕事を辞めておいて良かったと思いました。
不動産屋(恐らく地上げ屋)との話し合いなどにも参加してたので
仕事をしていたらとてもじゃないけど難しかったです。
そして、転職するよりも先に引っ越す場所を探しました。
現在の川越にその年の10月には引っ越してきました。
まるで、「ここだよ」って言われてるかのような場所でした。
大通りがないので騒音もないし、不便ですが居心地も良いです。
近年ではデマンド交通も出来て駅まで行くのに楽になりました。
「うちのすぐ近くにバス停が出来たらいいのに」
と、引っ越してきてからずっと考えていたら、本当にすぐ近くに
デマンド交通の停留所が出来たので当時は驚いてました。
霊感のある人たちとの関わり
母方の祖母は小さい頃にとても不思議な話をしてくれてました。
お墓に3人の女性の幽霊がいたとか、狐の嫁入りを見たとか、
火の玉がふわふわ浮いてたとか…他にも色々。
ただ、祖母は創作のお話をするタイプではなかったので、
今思ってみればきっと祖母は霊感がとても強かったのかと。
実は父方の祖母は寝室で寝ていた時にしょっちゅううなされてたそうなんですが、私がその部屋をもらいうけてからうなされてた理由がわかりました。
その部屋は霊道があって、恐らく地界(所謂死者の国)に繋がってるようなんですが、門番の鬼たちが、「なんで生きてる人間がここにいるんだ!」って追いかけてきておっぱらわれてました。
実はこの夢は私だけではなく、娘も見ておりまして、きっと祖母も見ていたんだと思います。
実は元旦那も霊感の強い人で、人間と間違えるレベルで霊視が
出来ていたんだそうです。そりゃあの家にいたら狂うわと…。
平気だった私がおかしい。
そこに住んでた頃に、霊感の強い友人と出会う機会があって、
自分は見えないけど色々と教えてもらってました。
一人の友人は疎遠となって連絡が取れなくなりましたが、
二人の友人は今でもネットで連絡を取り合ってる仲です。
守護の方々との関わり
疎遠になった友人から守護の龍と巫女がいると教えてもらって
いましたが、当時の私には理解が出来ていませんでした。
ただ、いらっしゃるということなのでありがたくいつもお礼を
言っておりました。
守護の方々も、娘が生まれた頃ぐらいから色々言葉をくれるようになりました。
とある時に、まだ日本が出来上がる前の風景をその龍さんを通して見せてもらったことがありました。
水の聖霊さんがいる友人にその話をすると、
「それは過去の時の風景で、水の聖霊さんも見ていた風景」
と言われました。
どうも同じ時代に守護さん同士が近い所にいたみたいです。
うちの守護さんは色々な方がいます。
メインで守護の龍さんが2体、2人とも「龍神ではない」と
言っているので、龍さんと言ってます。
この守護の龍さんの眷属の龍さんたちがまだいっぱいいるので、
そちらに関してはカウントしないでおいてます。
他に、黒翼の天使さんや、月の巫女さん。
言葉をくれる少年っぽい子などいろいろいます。
その方々が今の仕事をするお手伝いをしてくれてるので、
本当にありがたい限りです。
2012年からスピリチュアルワーカーに
引っ越し後、失業給付金をもらいながら仕事を探してたけど、
翌年2011年に東日本大震災がありました。
何かあると怖いからということで、しばらくの間は相方に頼り、
仕事はしておりませんでした。
ある時、龍について調べていたらとあるサイトにたどりつき、
その管理者の方と交流をするようになりました。
それがきっかけではあったのですが、私からの念が強いなど
色々言われ、縁を切られたのですが、その時の出会いについては
「鍵は鍵でしかない。きっかけの一つでしかない。
長くいる縁ではない。」
と言葉が浮かんだので、その通りなんだろうなって。
その時にライブドアブログに今のアメブロの前身になるブログを
作って、最初は「楠木由良」で活動してました。
2015年にあるゲームに出会ってユーザーネームを付ける時、
当時勤めていた職場のバス停が「梛木の橋」だったことから、「梛木」を苗字にした名前を使っていました。
その年の3月に今の梛木赫にビジネスネームを変更しました。
娘の家出からの開業届を出すまで
この年に娘の家出などがあり、派遣の仕事をいったん辞めて、
娘との時間をたくさん取るようにしておりました。
学校に無理矢理行くようなことはさせずに、支援センターで
月に何回か勉強を受けにいったり、保健室登校にしたりと、
色々と学校側にも配慮してもらって、学校に行かないで済むよう
高校も通信高校にしました。
その後、しばらくしてから父が倒れて、入院費用とかかかると
いうことだったので急いで仕事を探して、いつでも費用を出せる
ようにと仕事を始めたんですが、1年ぐらいで辞めてから、
他の仕事に就くも長く続かず、暫く失業給付金でのらりくらりと
していたんですけど、ふと思い立って税務署に行って、
個人事業主の収入の分の確定申告をしにいったんですよね。
ずっと派遣との二足の草鞋だったので年間でそこまでの売り上げはなかったんですが、その年の初詣の時だったかな。
『税金が支払えるぐらいに稼ぎがほしい』と願掛けをしてたら
なんと…税金支払い分が近々の年にあったんですね。
その前の年に関しては経費さっぴいたら支払わなくて良くて。
で、税務署の方に開業届について聞いてみたら、
「出来たら出していってください」と言われたので、提出。
ものの10分もかからずに正式に個人事業主になったのが、
2019年でした。
開業届を出したのは些細なきっかけ
ちなみに●周年といってるのは、ブログで活動をし始めてから
なので、開業届を出してからではないのです。
開業届を出してからだと結構短いんですよね。
周りの人がみんな二足の草鞋で、開業届は出してない方が大半。
私も派遣の仕事していた時はそれでも良かったのですが、
辞めてしまった後はそういうわけにもいきませんでした。
開業届を出して活動していた方が、青色申告をこの時期にして
ない人たちって…みたいな感じで結構自分には刺さることを
言ってたので、やらなきゃダメだなって思いました。
そこで開業届を出したんです。
(ちなみにその人はすでに辞めたそうです)
それが2019年。そう、コロナ禍になる前に出してたんです!
功を奏したのか、持続化給付金も貰えたりしまして、
福袋も2020年に余裕があったから始めたんですね。
開業届を出したのが本当に転機でした。
それからも色々ありましたが、こうしてやってきてます。
今では長年続けてきたスキルから、アチューメントや、
スピリチュアル関係の人が苦手とする事務仕事のやり方とかを
教えたりなどもするようになってきて、当初始めた頃とは
かなり変わりました。
ビジネス用に3万文字のテキストを作ったりしたのも、以前いた職場2社でマニュアルを60ページ分作ったり、色々してきたのもあって文字を入力するのは苦じゃなかったことから作りました。
こうやって長文で自分語りが出来るのは、かつて小説を書いてた時期があったからというのもあります。
オタクであるのも、仕事をしていたのも、一つ一つが積み重ねとなって今の自分があります。
本当にすべてのことに感謝いたします。
これからも精進してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。
梛木 赫
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