昨日、3月13日は母の命日だった。
私は年に二回、両親の命日にはお墓参りに東京に戻る。

母は2008年に認知症を発症した。
10年近くヘルパーさんや訪問看護師さんの協力を得て介護してきた。
父が亡くなってからはショートステイをできる限り利用し、ほとんど家で過ごすことはなくなっていた。
2015年には実家の近くの施設に入所した。

母が認知症になる一年前くらいに弟一家が実家の2階を改装し引っ越して来たが両親に寄り添い看てくれることはほとんどなかった。
私は実家まで約1時間かけて朝イチでやってきてヘルパーさんが来てくれると交代して仕事に行く。
唯一職場が実家から近かったことがありがたかった。

母の認知症発症から一年も経たないうちに両親がこの家を去ることはそう遠くないと考えた。

祖父母の代から一度も引っ越すことなくこの地に住み続けた一軒家にどれだけ多くの物が詰まっているか眺めているだけで途方にくれてしまう。

多分もぅ着ることのない服、食器、客用布団などなど。写真はほんの数枚を残して処分した。
手紙や年賀状、手帳、公共料金の領収書に至るまで、「何年前の?」というような必要ないと思われるモノ全て。
父の本、釣り道具、油絵道具などなど。

幸いなことに着物が好きだった母の集めた多くの和服は、弟が二階に越してくる前に保管場所が失くなると思ったのか自分で売りに出していた。
最も「本当は全部とっておきたかった」と後悔していたが…タラー
もしとってあったら…と考えただけでゾッとしたあガーン

貴金属は全て売りに出した。かなりの金額になった。
残したものはたった一つだけ…結婚記念日に父が母に贈ったダイヤのネックレス💎これだけは売りに出せなかったし出してはいけないと思った。
私はネックレスはしないが娘…母からしたら孫娘に譲ってもいいと思ったから。

フルタイムで仕事しながら実家に通い、多くの時間を費やして両親の思い出ををこの手ですべて処分した。処分せざるを得なかったしそこに温情を持たない自分がいたことに驚いた。

こうして実家の断捨離は母の認知症から始まった。