ペットにも「行くべき世界」がある
著・江原啓之
天国への手紙より 集英社
ここでペットの死と埋葬についてもふれておきます。
今は空前のペットブーム。溺愛していたペットが死ぬと、立ち直れないほどショックを受ける「ペットロス症候群」も話題になっています。
動物は、死ぬと人間とは別の世界に行きますが、二度と会えなくなるわけではありません。
私たちが現世での人生を終えて幽界に向かうときに、再会できるのです。
前述したように、幽界は想念の世界です。
「会いたい」という思いがあれば、すぐに会うことができます。人種も性別もなく、たましいだけの世界ですから、ペットとも、意思の疎通が可能です。
ただ、動物には神我(たましいの核ともいえる部分。真善美を尊び、調和を愛する神と同じ心)がまだ芽生えてませんから、人間同士の語り合いのようなことはできません。
けれど、「また会えたね」 「かわいがってくれてありがとう」というぐらいの心の会話はすぐにできます。
ペットが死んだとき、身内を失うのと同じくらいの喪失感と悲しみに襲われる気持ちはよくわかります。
しかし、ペットとも永遠の別れではないのです。あまりにも悲しみすぎたり、生き返ってほしい、などという執着心が強いと、ペットの浄化の足を引っ張ります。その点は、人間の死となんら変わりはありません。
ペットのお骨を、ずっと家に置いているという人もいますが、それは「いつまでも私のことを見ていてね」と頼んでいるのと同じ。 行くべき世界に行けなくなってしまっているのです。くり返しますが、それは本当の愛ではありません。
ペット霊園などに納めて、「仲間のところへ行きなさい」と見送ってあげるのが、飼い主としての最後の務めであり、愛なのです。
使っていたケージやエサ入れなども、早く片付けるほうがいいでしょう。使い慣れたそれらのものに執着して、いつまでも居続けることもあるからです。
実際、死んですぐのころは、まだ家にいます。 我が家でもサンタと名づけた大型犬を飼っていましたが、死んだあとしばらく、横たわるときのドサっという音が聞こえていました。「もう行きなさい。サンタ」と呼びかけると、名残惜しそうにしながらも、旅立ちました。
もちろん、死んだからといって、その愛犬や愛猫を忘れる必要などありません。
写真を部屋に飾って、「忘れないからね」という気持ちをあの世へ送ってあげればいいのです。
新しいペットを飼ってもかまいません。「次のペットなんて飼う気にならない」と言う人もいますが、新しいペットを飼うほうが、死んだペットの供養にもなります。「もう自分の代ではない」ということを自覚させることができるからです。
ペットは人間がいないと生きていけない存在ですから、いつまでもそばにいたい、という気持ちが強いのですが、新しいペットがいると、もう行くべきところへ行くしかないとわかります。
私たちにとって、ペットを飼うという行為は、その動物に愛を注ぐことで動物の霊格を向上させるというボランティアでもあります。 一度だけといわず、何度でもボランティアをすれば、それはすばらしい経験になるでしょう。
あの世へ旅立ったペットと再会できる日を楽しみに、また動物を慈しみながら、充実した人生を過ごしてください。
動物たちは、愛する飼い主の幸せを、何よりも望んでいるのです。
以上、「天国への手紙」 著者 江原啓之 2007, 3月 集英社

