10年くらい前だったら、東南アジアにちょくちょく行っていたけどね。入国カードに『宗教』の欄に最初の頃は頭を剃っていたから、ごまかしようがないので仕方なく、Buddihistとは書いたけど、後はNaturalistくらいにしとく。無神論はどこも嫌がるので。難民支援の家を運営していた時は、仏教徒もイスラム教徒もキリスト教徒も一緒に、浅草の浅草寺とか柴又の帝釈天などによく連れて行ったものである。みんな同じように手を合わせる。「偶像の中に神や仏があるんじゃなくて、想像するために偶像があるんだからね。」
カンボジアに行った時には頭を剃っていたから、日差し除けのためにヒジャブを買いにイスラム教徒の町へ行った。私はどこへ行くにも日本語オンリーだから、店の人が色々なヒジャブを出してくるんだけれど、通じない。そこで道行く人を指して「あの人のようなデザインのがいい!」と言うんだけれどもなかなか伝わらない。それを見ていた近所のおばさんが、次々と集まってきて(それじゃないわよ、この人の言うのは。)と店の中に入って勝手に出して来た。その中の数枚買おうと財布を出したら、今度は「負けなさいよ!わざわざ日本から来てくれたんだから!)と値切ってくれた。まるで大阪のおばちゃんのようなノリだった。そのヒジャブはカンボジアの朝の名物の托鉢を避けるためにさっと被ると役に立つ。
ミャンマーのロヒンギャ青年がいた。彼は日本に来ているロヒンギャの仲間とは決して交流しようとはせず、難民申請が何度目かの不許可になって出国命令が出る前に自費帰国した。彼は自らロヒンギャとは名乗っていない。ビルマ独立時にロヒンギャから国会議員になった人が2人いて、その一人が彼のおじいさんでお父さんも民主化活動に身を投じて、今まさにインセン刑務所にいる、そうだ。「だから私も身が危ない。そもそもロヒンギャは民主化運動なんかできない。」そんな事情は入管には通じない。強制送還されたら、空港で消されるーそう言って失踪した。私が出した保証金は泡と消えたー。
難民寮にチッタゴンからきたジュマ族のお坊さんが3人いた。彼らはバングラデッシュ政府が移住ベンガル人によって、村を焼かれ、虐殺・レイプ等の非道の限りを受けて(このことを世界の人々に知らせて)と村人に頼まれてきたそうだ。そんな彼らとこのロヒンギャ青年とはひどく仲が良かった。私もインドによく行っていたのでヒンドゥー語は少しは分かる。そのヒンドゥー語とウルドゥー語は殆ど同じだ。ベンガル語はまた全然違う。バングラデッシュは母国語をベンガル語としたいがためにウルドゥー語のパキスタンと分離した。バングラデシュとミャンマーの国境を跨いで、アラカン王国があってウルドゥー語も国語の一つだ。アラカン王国にはムスリムも仏教徒も仲よく暮らしていた。アラカン王国はビルマ族によって滅亡した。但し、ビルマ独立後ベンガル地方から入国してきたロヒンギャを名乗る人もいるのかもしれない。うちにいた青年は民族名はロヒンギャだとは言わなかった。同じアラカン王国の昔からカマン族というアフガニスタンからきた傭兵がいた。彼らもムスリムだが国民証を与えられている。但し、カマンという民族名は認められない。その他である。ミャンマーに行った時、金髪碧眼でロンジーはいている人に「あなたカマン?」と聞いても「いや、バマー(ビルマ)だ。」と言い張っていた。それでいいのではと日本人の私は思う。
仲良く、ウルドゥ語で話し合っているジュマの坊さんとロヒンギャ(彼はそう呼ばれるのを嫌がるが便宜上)青年を見て、民族ってなに?宗教って必要?とつくづく思ったものである。
日本人も決して単一民族じゃない。ビルマ語とラカイン語の違いなんて、青森の津軽弁と南部弁の違い程もない。大和朝廷はペルシャ系から黒人から、色んな民族が政治の中枢にいたそうだ。日本の神道は八百万の神と言って全ての存在に神を見出す。それは日本の先住民アイヌのカムイである。外来の仏教も日本において悉有仏性となった。
もちろん、アイヌのアイデンティティは尊重しなければいけない。日本人の根底にアイヌの思想が深く影響していることは事実だから。その上で、日本人は他民族国家で成り立っている歴史を自覚する必要がある。(ミックスされた顔=日本人)
人間が勝手な解釈をしているだけで神さんは「ええ加減にしろや。」って言っている。…だろう。