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ぽたらか

ぽたらかは20年の歴史を閉じます

1951年ヴェネツィア国際映画祭金獅子証受賞

               1952年アカデミー賞名誉賞受賞

 幼いころ、私は父によく連れられて映画館に行ったものだった。邦画なら黒澤明、チャップリンもトーキーではなくて普通の映画で。ただ、羅生門だけは私が生まれる前だったので見ていない。そこで、原作の芥川龍之介短編集をまず読んで、DVDを買って観た。

 戦後焼野原の東京でよくこんな映画を作ったものだ。戦乱と疫病と天災とで荒れ果てた都の入り口に門だけが残って、人々はそこに死体を捨てていく。その羅生門だけは黒澤監督が忠実にこだわって再現したという。

 『羅生門』『藪の中』『偸盗』など、芥川龍之介の短編を原作とし、人間の深い業について考えさせられるが、同時にこの世には絶対的な悪も善も本来ないのだなと気が付く。

 戦争とはどちらが攻撃してきたとしても反撃したら、結果は同じである。戦争によって得るものなどない。国と国との戦争ではないが、軍事クーデターによる紛争も同じことではないだろうか。

 2012年、タイのメーソッドでボランティア活動をしている知人と民主化活動をしているミャンマー人の男性といた時にその人の携帯にミャンマーから電話があった。軍政権の内部で働いている彼の仲間からだった。『私たちは表立って応援できないけれど、私たちが推している人がやっとトップに立つ、長かったがこれで民主化の道は開けるぞ。』と言ってきたらしい。私たちは早速祝杯を挙げた。その半年後ティンセインが大統領になった。一気に民主化の道は開けて行った。

 その後の総選挙で人々はアウンサンスーチーを選んだ。後、数年テインセインに任せればよかったのにー。知人は嘆いていた…。テインセインは失脚し、ミンアウンフラインという小心者が軍部最高位について、ミャンマーは混迷の時代に逆戻りをした。

 若者は仕事を放棄し、大学生は学業を放棄して抵抗した。テインセインを内部から推したのも民主化運動を主導したのもヤンゴン大学卒業生だったのにー。私は国民防衛軍に寄付してくれという誘いは断っている。その代わりコロナや内戦の犠牲になっている子供たちへせっせと送金した。人を殺す兵器に金は出せない。戦いにどちらにも大義名分などないからだ。

 この映画は夫を殺された妻、犯人の盗賊、霊となって証言する夫、目撃した杣売り、登場人物がそれぞれの立場で全く違う事を証言する。何が本当で何が嘘か。善とは悪とは?その話を聞いていた旅僧は羅生門に捨てられていた赤ん坊を包んでいた着物を盗人が持っていこうとするのを咎めると「こんなところに捨てる親が悪い。恨むなら親を怨め。」と言って立ち去るが、杣売りがわしが育てると言って抱き上げる。旅僧は子供を売るつもりかと掴みかかる。「なあにわしには6人の子がいる。7人になったってどうってこたあないさ。」とかえす。最後は杣売りの純粋な善の心を見て旅僧は手を合わす。

 人は、こいつなら悪人に間違いないから叩いたって大丈夫だと攻撃に理由をつけたがる。

 しかし、絶対的な善もなければ絶対的な悪もないのだ。ーこれをミャンマー語に訳してミャンマーで見てもらいたい。ロシアでもイスラエルでも…世界の紛争地で。