彼らは天国にいるのか?
それともヒマーラヤの山々に?
地上に、それとも空中に?
真理を求める者の心の中でなければ
どこにも神なんて見つかりっこない
息子が8年前バングラデッシュに行った時、ある村で人々が夜通し、鉦を叩いて輪になって回っているのを見たらしく、時宗の念仏踊りみたいなんだけど、「アラー」っていってたから、イスラムみたいなんだけどと言って、動画を見せてくれた。村の婆さんが死んだとかで村の長みたいな人が先導して、お堂で集まってだらだらと、別にトランス状態とは言えない熱心さのないところなんか、日本のと同じで。「わー、これスーフィーじゃん(イスラム神秘主義)じゃん。こんなに地元に根付いているとこなんて、私は見たかったよー、いいなあ。」
もう、どこだったか忘れたと言っているけれど、いつか行きたいと思っているから、また10年のパスポートを念のため更新した。
ベンガルの吟遊詩人ーバウルは、仏教、ヒンズー教、イスラム教、それらの影響を受けているというより、それらの宗教を全て超越した哲学を歌っている。我が時衆が神道も仏教各派も超越しているところなんか、もう似通っているというか、一遍の『捨ててこそ』とイスラムの原点だったスーフィーの『捨てる』哲学はまさにこのバウルによって歌い継がれている。
日本会議を構成する宗教団体が政治を仕切っているこの日本。キリスト教の各教会の派閥争いで対立と分断を深めるアメリカ。ウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナの紛争の根本はみな宗教。
バウルの歌にあるように、神も仏も人の迷いが作り出したものなんだよ~。人の心の外に神はいないんだよ。
