被災地で手を合わすと、必ず数体連れて帰る私が、久々に感動した本。海外のジャーナリストの目から見た日本人の不思議さ。
阪神淡路大震災の時でもそうだ。還俗していた私は再び頭を剃って、僧衣に着替えて被災地に飛び込んだ。避難所となっている小学校で校長先生に「私で何か役に立つことありますか?」とお願いしてみたら、即答で「みなさんの悩みを聞いてあげてください。」と、直ぐに空き部屋を用意して、アナウンスまでしてくださった。
何人かの女性が、入れ替わり立ち代わりで入ってこられて、積もり積もった心の内を吐露された。子供を助けられず死なせてしまったために、「なんでお前だけが生き残っているんだ。」と周囲から責め立てられて苦しいと。死んだ方がましだったー。
壮絶な体験を無表情に淡々と話される女性たちに、私は仏の教えなど説けるわけもなく、ただ、泣くより他なすすべがなかった。極限に置かれると人間は感情を失なう。でも、赤の他人が自分のことでオイオイ泣いているのを見て、彼女たちも思わずもらい泣き(?)をする。
ただ、ひたすらお互い泣き合って、幾分かすっきりしたのか、「でも、子供の分まで生きなければいけませんね。私が生きて供養してあげないと、子供が成仏できませんものね。」と、自らが答えを出して、立ち上がってくれる。私は持ってきた明るめの口紅を差し上げて、「また、お子さんと会えますよ、必ず。」というのが精いっぱいだった。彼女たちは「そうですね。」と自分でそれぞれの答えを出して、晴れやかな顔で退室された。私が答えを誘導する必要もない。
この本には、大川小学校で今なお行方不明の親たちがわが子と幽霊になっても会いたいと霊能力者の元を訪ねる。すると、子供たちはより高いステージに上がって、世界の平和を憂いているというくだりがあった。
自分の身に起きたことが理解できなくて、その場に佇んだままの霊もいる。私は毎年、お盆過ぎには被災地に行って、手を合わすことにしている。
震災の翌年、仙台市の若林地区に訪れた時、まだ夏だというのに、寒くて寒くて、その寒さときたら尋常じゃなくて、思わず「暖房入れて!」と、車を運転してくれている人に懇願した。
しかし、いくら暖房入れたところで、体の芯から冷え込む冷たさはどうしようもない。とにかく我慢をして、我が家に帰り、一目散に浴室に駆け込んで、温かいシャワーを浴びた。ところが、裸になって、わが身を見たとたん、「ギャー!!」我が目を疑った。なんと、下半身が紫色になってむくんでいるではないか!!
とりあえず、シャワーを浴びたが、いくら浴びてもシャワーのお湯が感じられない。こりゃ、だめだと、服を着て、日本酒を熱燗にして、体の内部から温めようとくいっと喉に流し込み、押し入れから冬布団を出して、ガタガタ震えながら、寝た。
夢の中で私は海の底にいた。瓦礫に体が挟まって、海面は見えているのに上がれない。-私の体に入っている人の意識だろう。でも、私自身の意識はちゃんとある。私はもう一人の私のそばに行って、「大丈夫よ。あなたの魂は自由だから、体から離れてあの水面に向かって上がれるよ。そうしたら、みんなが迎えに来てくれるからね。」とささやいてあげた。私は思い切って水面に向かって昇って行った。真っ黒な世界から解き放たれて、水面の外は温かい光に包まれていた。
暖かい日差しが部屋いっぱいに満ち足りて、私は目が覚めた。
私は死後の世界とか、極楽地獄とか信じない。ましてや神とか仏とか、絶対的な力とかも信じられない。ただ、今私たちが生きている現実のこの世界は複雑に絡み合っていくつもいくつも重なり合って存在しているのではないかと思う。この世とあの世は別の世界ではなくて。
いつの日か、パラレルワールドが科学的に解明される日も近いかもしれない。