女子寮は本当に面倒くさい | ぽたらか

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ぽたらかは20年の歴史を閉じます

ぽたらかの一階に雨漏りがする。もうなんとか思い切ってリフォームしないと限界だ。一回にシャワー室を作ってバリアフリーにしよう。と思い立って大修繕を決行した。

本寮の修繕は東京厚生信用金庫が百万貸してくれることになった。実際の修繕費は八百万円、一階の連中の仮住まいとして一軒家を借りた。そこがまた建物全体いびつになっている老朽家屋で、その修繕費として私個人名義で日本政策金融公庫から三百万円借りることができた。実際の費用は百万円に節約した。それでも三百万円足りない。後は工務店に毎月三十万ずつ分割で返した。

まず、仮住まい家屋から修善して、じいちゃんたちを移してぽたらかの工事に取り掛かり、また引越しをして落ち着くまで、半年がかかった。仮住まい家屋には冬から春になるまでの間、派遣労働者が九人寝泊まりしていた時期もあった。

福祉の道に進んでくれたのは一人だけど、みんなそれなりに春になって巣立っていった。

そして、春からはそこを女子寮として届け出た.。一階の六畳を分けて三畳の洋間に、土間だったところにユニットバスをつけ、二階に四畳半が2間、八畳に二人。真ん中の部屋に建物の管理をしてくれる女性を住まわせることとして、定員五人。

五人以上から宿泊所として届け出がいる、宿泊所となると、都のガイドラインが年々難しくなる。監査もくるし、女子は相部屋になると大概、喧嘩をするので、すぐに定員は4人になった。無料低額宿泊所ではなくなった。シェアハウスといったところか。

お釈迦様の母上、摩耶夫人の名前を取って、摩耶寮と名づけた。唯一、ひらかなじゃない命名だ。これがまずかったか、名前負けしてしまったようだ。

しかし、4人だろうが、5人だろうが、二十人もいる男性寮に比べて、こんな小人数なのになんと手のかかることか。毎日トラブル続きである。女という魔物は難しい、つくづく懲りた。

二人部屋にいた精神疾患の中年女性が急死をしたとき、同室のおばあさんに葬式をしてあげようよ、と聞いたら「いやよ、気持ち悪い。あの人嫌いなのよ、男のところばかり泊り歩いて。」といかにもにくにくしげに言い放つ。あんなに二人仲がいいのよーって言ってたのに。信じられない。

そのおばあさんが亡くなった時に今度は他の人たちが焼香にも来ない。女は少なくとも二つ以上は顔を持つらしい。

二面性を持たない女性ももちろんいる。

元料理屋の女将、佐藤さんは気風はいいがアル中だ。それに窃盗癖がある。近所の店で万引きしてくるので困った。叱ると一応しょげてこの手が悪い、この手が悪いと手をたたいてみせるが、舌の根も乾かないうちにまたやる。 窃盗癖のあるような人は他の施設も受け入れない。「もうあんたをおいとけないから、お金をあげるから出て行って。万引きする元気がなくなるほど足腰立たなくなったら帰っていいから。」うちのやり方である。酷なようだけれど、こういうのは案外したたかに生き抜いていくものである。

素直に頷いて出て行った彼女だが、一週間後の夜、摩耶寮の玄関前に酒に酔って、大の字になって寝ているという知らせを受けて、飛んでいった。

すぐに警察を呼んで、パトカーで連れて行ってもらおうとしたのだが、犯罪性がないといって連れて行こうとしない。

そこで私がこっそり、合気道の技で後ろ手にして、関節を締め上げたら

「いてててー、なにすんだこのやろう。」と騒いで暴れる。

「ほら、こんなに暴れる人ですから、入寮者やご近所の人たちに怪我でもさせたら大変。

翌朝になると自分で区役所にいきますから。」

そう言って、やっとパトカーに乗せて連れて行ってもらった。

 みっちゃんはかなり認知がきていた。アンモニア臭を強く放って一人駅に佇んでいたらしい。温かい布団に眠れること、自分の部屋があることに感動していた。しかし、徘徊ぐせがあった。

 一ヶ月後、いなくなってそれでも一週間で帰ってきた。帰ってきたみっちゃんを私は

「どこいってたんだよ。心配するじゃないの。」と抱きしめた。

 みっちゃんはそれからしばらくして、またいなくなった。同寮者たちが、

「そういえば、みっちゃん。この前いなくなって帰ってきたとき、先生が抱きしめてくれて、あんなこと生まれて初めてだ。うれしかったなあ。またああいうの、やってもらえてえなあ。」って言っていたと話してくれた。

 なんと、そんな理由で。そういえば、みっちゃん、家族を持ったことがないっていってたな。自分自身も人を抱きしめたことがないのだろうなあ。

「先生、私だって先生に抱きしめてもらいたいよ。」というおばさんまでが出る始末。

「いくらでも抱っこしてあげるから、心配かけるんじゃないよ、みんな。」とかわりばんこに抱っこしてやった。

 二面性を持っている女性、人を信じきれない女性、みんな結局は寂しがり屋なんだな。

 みっちゃんの捜索は困難を極めた。浅草観音の裏にいる女性ホームレスたちにみっちゃんの花見の時の写真を見せ、知らないかと声をかけた。

「なに、ぽたらか?ああ知っている。ボランティアの人があそこは貧困ビジネスだから気をつけろってさ。」「へえー。そうなの。」

おばちゃんたちはどこからそんな情報を得たのか。マスコミは無料低額宿泊所イコール貧困ビジネスと決めつけ、糾弾する。じゃお前らやってみろ、三食提供して平均十万の寮費も無料だったりその半額だったり、夜中におむつ交換もする人件費さえ、ろくに払えない。

 ところで、みっちゃんは失踪中、一度生活保護医療券で病院にいったらしい。その病院から連絡が入り、摩耶寮に帰りたいけど帰れないと言っていたそうで、今度通院にきたら連絡するということだった。

 摩耶寮のおばちゃんたちの記憶をたぐり寄せると浅草の教会でお世話になっていたと聞いたそうである。どこの団体であれ、保護してもらっているのなら安心だけれど。

 遅発性統合失調症が三人もいた。どの人も家族に捨てられたのに気位は高くて。

 薬の国からきたという人がいた。だから薬を飲まなくて興奮して寝てくれない。管理人に薬をつぶして味噌汁に混ぜて飲ませてもらったり、工夫してみた。

区の担当者が千葉県の病院に入院が決まったので、ぽたらかで搬送してくれないかという。精神病院搬送専門の業者がいるが、十四万円だという。区ではそんなに出せないから、一万五千円でお願いできないか。

十分の一だけど二つ返事で引き受けた。一日でも早く追い出さないと近所から言われる。

その時、岡ちゃんが彼女を後部座席で取り押さえる係で付いていくことになった。

しかし、まず車に乗せなくては、私が合気道の技で捕獲して、と思ったが。「きゃー。」と一声、クネクネクネとまるで軟体動物のよう。これでは技がかからない。敵も恐るべし。

結局、シーツに包んで捕獲した。車中では結構静かだったそうである。多分、岡ちゃんの最臭兵器が功を奏したに違いない。

やはり、一番衝撃的だったのは伊藤さんの件である。

区役所に迎えに行ったら、彼女は杖をついていた。白髪に深いシワ、歯はほとんどない。顔半分にケロイド。どう見ても八十歳はいっているか。

しかし、年齢を見て吃驚した。その時、五十三歳、私よりずっと年下である。

伊藤さんは隅田川の首都高高架下にテントを張って生活をしていた。そこに一人の中学生が学校でいじめを受けていて、彼女のテントに遊びにきていた。彼女も結婚した事があり、都内に成人した二人の息子さんがいて、幼い時から会ってないが、息子の姿とだぶらせたのだろう。食事を作ってやったり、可愛がっていた。

ところが、その中学生がある日、仲間を連れて彼女のテントを襲ったのだ。火をつけ、逃げ惑う彼女を袋叩きにした。

野宿の仲間たちは警察に告訴するよう勧めた。しかし、遊びに来ていた中学生のことを思い、彼女は警察には言わなかった。

全身に残るケロイドと暴行による怪我の後遺症のため、歩行が困難になっていた。

そういう母性の強い彼女だったが、寮では誰にたいしても頑なだった。風呂に入らない、着替えをしない、食事も取ろうとしない。

「パパさんがしてくれるから、」と野宿者仲間の彼がくるのを待っている。彼は、生活保護の支給日に金を取りにくるだけである。

私が保護課から預かって、金銭管理するようになったらもう彼は来なくなった。

「パパさん、来なくなったね。」

彼女は窓の外を眺め、パパさんを待っていた。その失恋で気が弱くなったのかと思った。

全く、足腰が立たなくなってしまったのだ。

「綺麗な髪の質をしているね。髪を染めたらきっと、年相応にみえるよ。」

私の言葉に初めて反応した。よし、チャンスだ。すぐに染髪料を買ってきて、着替えを用意し、「さ、染めてあげるから、服脱ごう。」

うむをいわさず裸にし、髪はもちろん全身こまめに洗った。洗ったら着替えをし、髪を染めた。

「今度は歯医者にいって歯を入れよう。きれいになって、パパさんを見返そう。」

「連れて行ってくれる?」

女はいつでも綺麗な方がいいものだ。

それにしても様子がおかしい。タール状の便が漏れているのに本人が気づいていないのだ。水分を取ることすら苦しがる。

ある日、ただ事ではない苦しみようなので救急車で葛飾区の病院に搬送した。

しかし、夜中にすぐに迎えにきてくれと病院から電話が入った。点滴の針を抜くので、もう連れて帰ってくださいと言う。

伊藤さんは「もうほっといてよ。触らないでよ。」と邪険に手を振り回している。

摩耶寮での様子と変わらない。これが口癖だ。だからといって、私は気にしないのだが。

仕方なく、タクシーで連れて帰った。

明日から三連休だから、つきっきりで介護して休みが明けたら近くの病院に連れて行こう。

夜中、おむつ交換と水分補給、嫌がるけど抱きかかえて無理やり、吸呑で水と栄養剤を押し込む。

連休が明けた朝、玄関に車椅子を止め、「さあ、伊藤さん迎えに来たよ。」声をかけるが、異様な空気。悪寒がした。

彼女はもう息をしていない。救急車で近くの病院に運んだ。

死因はすい臓癌だった。ぽたらかに連れて帰って化粧をしてやり、友だちに頼んでフリフリのドレスを持ってきてもらい、着せてやった。

「伊藤さんは戸籍がありません。」

担当ワーカーが火葬許可を取るために調べてくれた。

住所不定なら、本籍地に死亡届を出す。身元がわからない、本籍がわからない人は、行旅死亡人として、自治体の首長が喪主となって火葬にする。

「おそらく、伊藤さんも戸籍を抹消されていることを知らなかったのではないですか。」

彼女は離婚して、何か罪を犯し、刑務所に入っていたらしい。その間、親が亡くなって兄妹が実家を継いだのか。一族の恥だと思ったのか、婚家から出戻ってきた彼女の籍を抜いてしまったとのこと。

女三界家無しとはいうが、彼女だけではなく、女性なら誰しもこういうことは起こり得るかもしれない。寂しい。

結局、行旅死亡人として火葬に伏された。