餓死衰弱死 | ぽたらか

ぽたらか

ぽたらかは20年の歴史を閉じます

{警察のものですが、○○さんてお宅に勤めていたかたでしたか・」何時間か前、そのSさんのアパートの前にパトカーと人だかりがしていたから、なんだろうとさてはけんかでもしたのか。「なにかやらかしましたか?」「いえ、変死体で発見されました。」え?えーっ!!
 
あの派遣村で世間が揺れたとき、たくさんの求人広告の中から、一番条件の悪いぽたらかを選んで、埼玉から自転車に世帯道具をつんで、面接にきてくれたSさん、あれから3年になる。ホームヘルパー2級の資格をとって、友人の介護事業所に勤めながら、よく手伝ってくれた。その間に一度やめるといってアパートを借りてでていったことがある。でも、その数ヵ月後、ホームレス同様の暮らしをしていると聞いて帰ってまた手伝ってくれないかとたのんだ。
 
うちは去るものは追わず、来るものは拒まずだから、なんどでも帰りたくなったら、帰ってきな。といってあるのに、本人は誰にも迷惑かけたくない、の一心でまた出て行ってしまった。しかし、今度は帰ってこなかった、近くにアパートを借りているようで元気な姿をみていたから、安心はしていた。
 
ホームヘルパーの仕事を続けていれば月30万円はもらっていたのに、最近は時々引越しのバイトをしてその日暮らしだったようだ。ちょっと声をかければ、仲間がいる。親だって兄弟だって決して疎遠ではなかったのに。ぽたらかのスタッフの一人には「水も食べるものもとらなかったら、人間はどのくらいで死ぬのだろう。」と話していたそうだ。そのころからすでにうつのきざしはあったのだろうか。
 
警察の霊安室で対面した彼は生前の見る影もなく、やせさらばえて無精ひげを伸ばして「ああ、衰弱死だ」とすぐにわかった。霊安室に行く前に私は喉が焼け付くように渇きを覚えて、署員に買ってきてもらっていたその水を警察官の制止も聞かず、一口彼の口に注いだ。そのとたん、私の渇きはとまった。
 
翌日北海道から駆けつけた家族の手によって荼毘にふされ、その日のうちにアパートの片付けを頼まれた私たちは家族と管理人の立会いのもと部屋に入った。服と布団とテーブルだけの簡素な部屋である。テーブルの上には繰り返し使ったようなペットボトルに水が入っている。これを目の前にして水絶ちをしていたのか。なんと修験者のような固い決意のことか。この夏の暑さでは水分をとらなければ3日で死ぬ。
 
なぜか財布や銀行のカードだけがない。落としたか、盗まれたか。大した額はなかったろうが、そのことで心が折れてしまったのかもしれない。いや、それよりもうつの死への誘惑はそれほどに避けがたかったのか。今、2万人を超える生きたかった人たちが、命を奪われ、多くの人たちが助けられなかったことを悔いて苦しんでいるというのに。
 
自分は誰にも迷惑をかけられないと思って死を選ぶのだろうが、残されたものはたまったもんじゃない。なぜ気づいてあげられなかったんだろうという自責の思いにこれからも苦しんでいくのだから。享年46歳。