年金が生活保護とほぼ同額のMさん、こういうのが一番困る。生活保護なら医療費も介護保険も只になる。だから、特別養護老人ホームも敬遠するのだ。もうすでに申し込んで4年になるのに、どんな僻地に申し込んでも番がまわってもこない。パーキンソンでまもなく胃ろうが必要となる。要介護4だから自己負担もばかにならない。
胃ろう患者はうちでは2人と見れないから、全国の果ては北は北海道から南は沖縄まで特養を打診してみたが、どうしてもだめ。あきらめかけていたところへ十数年ぶりに旧友がとんぼ返りの忙しい中、訪ねてきてくれた。神戸で病院長をしている女医だ。「ラオさん、お金以外だったら私で出来ることなんでもいって!」私の頭の中で200Wの電球が点った。「療養病床ある?あったら一人難病患者入れて。お願い。」
「うちには神経内科がないんだけど、一応帰って相談してみるね。」そういい残して帰った彼女のもとに矢のように催促した。とうとう、根負けして「いいわ、じゃ、いつつれてくるの?来月?」「いんや、もう連れて行ってる。今名神。」
それでも、病院中で歓待してくれた。車から降りたMさんに元看護婦の副院長は「おかえりなさーい。」と抱きついてくれた。東京の病院とは違い、純朴で気立てのいい白衣の天使たちは「Mさん、Mさんは何が好きなの?」と聞いているから「女、女なら年齢問いません。」と代わりに答えてやった。そ、Mさんは無類の女好きなのだ。だから、もう一足先に天国にいったみたいで、もうメロメロだった。
「今度迎えに来るときはお骨になってからな。」と言い残して立ち去ろうとするとMさんは一瞬顔が曇ったが、「Mさーん」と看護婦さんの声に、もう私の姿は眼中になかった。姥捨て山に行くみたいだった、行きの車の中の雰囲気とは打って変わって、まるでいいことをしたような、充実感あふれて再び、東名を走って帰ってきた。