ぽたらかの行く道 | ぽたらか

ぽたらか

ぽたらかは20年の歴史を閉じます

ぽたらかを設立して6年目になろうとしている。始めのころは新宿駅にいた7,8人とどんな仕事をしよう、どうやって仕事を増やそうかと夢に燃えていたような気がする。家賃を工面するつもりで無料定額宿泊所を始めた。今はそれが主流になって身寄りのない年寄りの介護をするのが、仕事になっている。

でも、世間で他にはない仕事を、ぽたらかならではの仕事をやりたいものだ。そうしたら、お酒の上での失敗で出て行かざるを得なかった人たちも帰ってくるかもしれない。

柴山さん。アル中で入院していて、みんなとは2,3日遅れてやってきた。酒を飲まなければよく働くいい人なのだが。1滴体に入ると、後は体内で自家発酵してしまう。ご飯を食べても水をのんでも酔っぱらっている。だから、山谷に捨ててきた。

野呂さん。ロシア人みたいな風貌で名は体を表すっていうか、大飯ぐらいで何をやっても不器用。自立支援センターを出て、うちへ就職したことにして、就職支度金をだしてもらって、5万円の大金を持ったまま、蒸発。みんなが「戸田だ!」早速、戸田競艇場で場内アナウンスしてもらった。

「野呂さま、ぽたらかのみなさまが心配をしています。早急にお帰りください。」その後、2,3年経って、再び代々木公園で出会った。たばこ代500円をやると、「これで、5万円と500円の借りだね。」「自覚あるんだ」あの時、ぽたらかにみやげのひとつでも持って帰ろうと、倍にするつもりで競輪にいったら、みなすってしまって、ばつが悪くて帰れなくなった。それは本当だったらしい。

じゃ、あの場内アナウンスは聞こえてたの?「うん」「帰ってくれば?」「でも俺がいたんじゃ迷惑かけるばかりだし。」確かにその通りだったんで答えないでいたら、寂しく大きな肩をすぼめて消えていった。