長編恋愛物語り 水たまりの中の青空 ~第一章~ (百六十五) | toshichanのブログ

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【遅れてきた新人】の、内山敏洋 と申します。 蔵の中に溢れかえっている作品や頭の中に湧き出てくる作品を“どんどんと!”と、考えております。

小夜子が来て、そろそろ半年近くになる。
あの折のことは、今でも鮮明に武蔵の脳裏に残っている。
連絡なしの、突然のことだった。
日曜日だとはいえ、珍しく家に居た武蔵だった。
 
“コン、コン。コン、コン”
遠慮がちな音がする。
自宅に人が来るなど、滅多にない。
数多いる愛人ですら、自宅に呼び寄せることのない武蔵だった。
平日の日中に、お手伝いがやってくるだけだった。
 
“コン、コン、コン、コン”
大きく家中に響いた。
読みふけっていた新聞を座敷机に置くと、気だるそうに立ち上がった。
「はいはい、分かったよ。どなたですか?」
“誰だ、一体。約束なんぞ、ないぞ。第一、ここに誰が来るんだ? 五平か?”
どかどかと廊下を、足音も大きく歩くと、ガラス戸の向こうに華奢なシルエットが見えた。
 
“お手伝いの千勢か?”
「どうしたんだ、千勢!」
怒鳴りながら、錠を外した。
所々剥げ掛かったベージュ色のトランク一つで、小夜子が居た。
初めて見る武蔵の怒りの形相にたじろぐ小夜子が居た。
「あ、あのぉ…小夜子です…」
消え入るような声で、体を縮こませて、ペコリと頭を下げた。

“間違えちゃったかしら、やっぱりお酒の席でのことだったの?”
不安の気持ちが小夜子の心いっぱいに膨らみ、見る見るうちに大粒の涙が溢れ始めた。
「小夜子か、いゃあ、良く来たねえ。悪かったよ、大きな声なんか出して。
俺が悪かった、悪かった。さっ、入りなさい。
そうか、そうか、良く来たな。うん、うん……」
満面に笑みを湛えて、小夜子を手招きした。
 
「ひくっ、ひくっ、怖い、社長さん」
「うん、うん、そうだな、俺が悪かったな。うん、うん、ごめんな」
と小夜子の肩を抱きながら、中に引き入れた。
「そうか、そうか。やっと決心してくれたか。
待ってたんだぞ、小夜子。これからは家族だ。
勉学に専念しろ。
家事のことなんか、お手伝いの千勢に任せておけばいいさ。
小夜子と俺は、今日から家族だからな」

小夜子の肩を軽く叩きながら、何度も‘家族’を強調した。
「で、でも。そこまで甘えるわけには…」
落ち着きを取り戻した小夜子は、座布団から降りた。
「ご迷惑を顧みず、お世話になることにしました。よろしくお願いします」
頭を畳に擦り付けるようにお辞儀をした。
「おい、おい。そんな他人行儀なことは言うな」
小夜子の思いも寄らぬ作法に、戸惑いを覚えた武蔵だった。