「ほお、そうですか。無茶な要求だと思ったんですがね」
「ほんとうに。ほほほ…」
今度は、声を上げて笑う女将だった。
「気に入った! 女傑だねえ、女将は。
よし! 徳利を進呈しよう。戻り次第、手配させるよ。
いいんだ、そうさせて欲しいんだ。
なあに、日用雑貨品は、お手の物さ」
「ありがとうございます、甘えさせていただきますわ」
深々と頭を下げて武蔵の申し出を受ける女将の襟足から、そこはかとなく漂う女の色香がにじみ出た。
老舗旅館を背負い立つ女の、凛々しさとでも言うべきか。
「女将。ちょっと、聞きにくいことですが、答えていただけませんか?」
「あらあら、何でございましょう。怖いですわね、ほほほ…」
卑屈になることなく、正面から武蔵の視線を受け止めた。
「僕のこと、どう思いました? いや、どう思っています?」
「と、いいますと?」
「いやその……。例の徳利の件では、悪印象を持たれたんじゃないか…と」
「あらあら、お気の弱いことを。
そうでございますすね、失礼を顧みませず申し上げますれば “いけ好かない殿方” でございました」
きっぱりと言い切った女将の目は、涼やかにそして穏やかであった。