[舟のない港](三十四)噂は噂 | toshichanのブログ

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【遅れてきた新人】の、内山敏洋 と申します。 蔵の中に溢れかえっている作品や頭の中に湧き出てくる作品を“どんどんと!”と、考えております。

男のアパート前に佇む麗子が居た。

時刻は、すでに七時半を回っている。

手紙は読んだはずだ。

ならば、小躍りして 待っている筈だ、と信じて疑わなかった。


会社から直帰すれば、六時半には着いている。

遅くとも七時だと思う麗子だった。
「あたしを待たせるなんて」
憤慨しながら口に出してみると、意外にも穏やかな心が生まれてきた。
「仕方ないわよ」


ところが、帰って来ない。

まさか、という気持ちを 抑えることができなかった。

五分十分と経つにつれ、麗子に不安だけが募った。

しかも、何時に帰るのかわからないのだ。


麗子の心は、言い知れぬ恐怖感に襲われた。

といって帰る気にもなれず、途方に暮れた。

そんな時の、男の帰宅だった。

時を回って、やっと帰ってきた。
 
「遅いわよ。寄り道しないでって、頼んでいたでしょ! 暇な部署にいるくせに」
麗子の強いなじりに男はカッときたが、言い返す気にもなれなかった。
「どこかの誰かさんと、デートでもしていたのかしら?」
更に麗子は追い打ちをかけた。
「冗談じゃない、残業だよ。珍しく今日は忙しくてね」


ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。

悪態をつきながら男に先んじて部屋を調べた。

部屋の中に女のにおいは感じられず、やはり噂は噂だと安心した。

「あらあら、ひどい部屋。彼女は掃除もしてくれないの」
だが男は鼻で笑っている。

即座に否定して欲しい、という麗子の思いは砕かれた。

「何を言い出すかと思えば、馬鹿らしい」
男が反論すると、待っていたかの如くに
「あら、きれいなお嬢さんはどうしたの?」
と、畳みかけてきた。


ミドリに声をかけられたのは、会社を出てすぐのことだ。

ミドリの件だということが、すぐに察しが付いた。
「知ってるのよ、私。ナイトクラブに行ったでしょう」
麗子は、勝ち誇ったように言う。


男は、無言のまま背広を脱いだ。

そしてタバコを一本取り出し、火を付けた。

突然、麗子は男からタバコを奪い取ると、男にしがみついた。