原稿用紙、ぴったり四枚の作品です。
四枚目最後のマス目まで埋めた、ある意味自慢の作品です。
二度目の目薬差しの時だった。
「目薬を差しますね。」
マスク姿の若い看護婦が寄ってきた。
愛くるしいその目に焦点を合わせようとした途端、ジィと目に刺激が走った。
「滲みました? ごめんなさいね。」
すまなさそうな声がする。滲みない目薬はないのかと、心内で舌打ちした。
「目を開けよ!」
突然に神の啓示が降りた。恐る恐る目を開けると、そこは眩いばかりの、全てが白く輝く金色の世界だった。
正面には和やかな笑みを称えられた菩薩様が、そして隣には慈悲深い笑みの観音様がおられる。
私の横には蓮の葉が群生しており、その葉の上にお地蔵様たちが鎮座されている。
その奥には緑の樹木がそびえ立ち、爽やかな風を送ってくれている。
次第に光が強くなる。
私は神に許しを乞うて、目を閉じた。
「山本さん、こちらにどうぞ。
あらあら、手が冷たいですね、外は寒かったですか?」
優しく声をかけてくれる。
何という心優しき看護婦、いや天女様か。
その昔天女様の羽衣を隠したという不心得者がいたけれども…いやいや、その心内、良く分かる。
いっそこのまま道行きを、と思わせる優しい天女様だ。
「お待たせ、お婆ちゃん。」
「早よして貰わんと、どうにもならんぞ。
みんなでお昼を食べることになっちょるのに。」
何という毒々しい言葉を吐く婆ぁだ。
目を開けることができたなら、ジロリと睨み付けてやるものを。
「こんなに度の強いコンタクトって…」
「ごめんなさい。
お友だちのレンズを…。黒板の文字が少し見にくくて。
前の方の席に行くの、嫌だったから…。」
医者の言うことを聞かぬ小娘め、私の娘なら怒鳴りつけてやるものを。
少しは医者に対する畏敬の念を持てないものか。
憤慨する私だったが、まさかこの後にあのようなことになるとは、思いも寄らぬことだった。
「はい、山本さん。お入りください。」
薄暗い部屋の中からお出でお出でと手招きする女医先生、まさしく女神様だ。
眩しかろうと灯りを落としてくださる。
ありがたいご配慮だ。
「山本さんは糖尿病のこと、知っていますね。
合併症が恐いですからね。
はいそれでは、眼底検査をさせてもらいますよ。
大丈夫ですよ、なにも怖いことはありませんからね。
光を当てて、中の様子を見させて貰います。
眩しいでしょうけれど、辛抱してください。
まばたきしたくなっても、できるだけ我慢してくださいよ。」
実に優しく猫なで声で囁きかけられると、
目の中をのぞき込まれるという恐怖感も薄らいでくる。
“そうだ、糖尿病性網膜症が怖いんだ。
失明してしまうぞ。
少しのことは我慢して、しっかり診て貰わなくちゃ。”
しかし実際は、そんな生易しいものではなかった。
眩しさを通り越して、痛みすら走った。
まばたきをしようとすると、必ず「我慢して、我慢、我慢!」と、声が飛ぶ。
できるだけじゃなかったの? 先生。
はからずも涙が出ると、「男でしょ!」と、又もや叱咤の言葉が。
泣いてるのじゃないんです、先生。
目が乾くから出てくる生理現象だと思うのですが。
そうだった。
医者という人種は、総じてサドなのだ。
分かっていたはずなのに、歯科医で、散々思い知らされていたのに。
女医先生のお姿に、見事に……。
「はい、もう結構ですよ。」
あの天女様に促されて退出した私。
必死の思いで薄目を開けた。
そしてその目に飛び込んできた、若い娘さんは…。
いや、何も言うまい、何も考えまい。
魔物が恐ろしい姿をしていると誰が言った。
神が気高い姿だと誰が教えた。プッツン!
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白内障手術前の、眼科でのお話でした。
最後の一節、どうですか?
お気に入りのフレーズなんですけども。