私のブログは訪れる人も少なく、

ましてや知り合いなどもいないので、

多少個人的な記事も大丈夫だと考え、思い切って書きます。

 

私は若い頃、4回フラれた事があります

フラれるというのは、“付き合って下さい”と言って

断られることです。

私が告白した人は、2人しかいません。

一人は現在の妻です。

なので、これは少し先の話になります。

さて、後の4回フラれたのは、同じ人です。

 

諦めの悪い男の話です、笑ってやってください。

 

 

告ったのは大学3年生も終わろうとするシーズンオフの頃。

なので4年生の時は、よく試合を観に来てくれました。

5年生になったシーズン初めの頃

  (大学には4年半行きました……汗)

「あなたにはもっといい人がいる」という、

よくあるセリフで別れを告げられ、フラれました。

 

しばらくして、田舎に帰っていた私の元に、

彼女の家族から電話があって、

「いくら見合いを薦めても、受けようとしない」ので

問い詰めると「あなたが忘れられない」と言うので

「あなたはどう思っているのか」ということで、

彼女の家に呼ばれ、家族会議に掛けられました。

そこで結婚の約束をして(口約束だけですけどね)

仕事に就くために、大学をスパッと辞めました。

しかし、それから1ヶ月も経たない頃、

彼女から電話があって、

会社の先輩に断りを入れて、新幹線の駅に行きました。

「あなたとは暮らせないわ」

電話があった時、予想はしていましたが、

やはりフラれました。

(大学を辞めた事は、後悔していません)

 

それでもあきらめの悪い私は、第三者を間に入れようと思い

私の叔父に彼女を説得してもらおうとしました。

彼女から電話があって、水族館のある公園に行きました。

もうご想像(期待?)の通り、デ・ジャ・ヴのようにフラれました。

その時だろうと思いますが、

「結婚は、滑走路を走る飛行機みたいなもの。

 勢いを付けなきゃ飛べないのよ」と言われました。

こうして私の恋は終わったのでした。

 

 

さて“まだ3回しかフラれていないぞ”と、お思いの方、

「それ当り!!」大正解です。

最後の別れから5年くらい経って、傷も癒え、

そろそろ身を固めようかと考え始めた頃、

一通の手紙が来ました。

差出人の名前は無く、彼女はもう結婚しているので違うかな

 「これが最後のチャンスと思います。

   26日までこちらにいます

   夜10時以降の電話は、私が取ることにします」

でも字に見覚えがあるような………

一縷の望みを託し怖々電話してみると、やはり彼女でした。

で、次の日会って、「私、海が見たい」と言うので、

ドライブへ行きました。(若かったですからね)

海岸線を走り、砂浜を歩き、展望台から一面の海を眺め、

彼女や私の近況を話して、

お互いの幸せを確認して別れました。

そして、

これで、この一連の思いに終止符を打つことができました。

フラれる事無く終わり、めでたし、めでたし。

 

 

これで私も、次のステージに進もうと思いました。

ところが、ところが、その日の夜遅くに電話がありました。

夜更けの電話ですが、いつまでも鳴り止まず、

今日の事もあって、普段は取らない受話器を、

取ってしまいました。

やはり、彼女でした。

ドライブの話をしていると、彼女が唐突に泣き始めました。

あまりの突然のことに戸惑いながらも、

事情を訊いてみると、

彼女の子供は障害を持っている事、

夫との離婚を考えている事など、

少しづつ話してくれました。

「もしあなたが、あの子を幸せにしてくれるなら………」

私もまだ、未練があったのでしょうね。

その申し出を受ける事にしました。

“苦労”することはわかっている、でもそれは相対的なもので

でなければ、

毎日何を好き好んで8kmの坂道を走ったりしません。

“苦労すること” と“不幸せ”は、

同じ意味ではありませんよね。

 

1年後、彼女から電話があって、山中の水車のある喫茶店に行きました。

「私は、あなたとは暮らせないわ。

 この子を取り合うのだけは避けたいの。

 この子と離れるなら、死んだほうがましよ」

「あなたには、この子の父親は出来ないわ。

 幸せなあなたにはわからないのよ」

「あなたには、もっと幸せな人生があるはずよ」

彼女も、いろいろ考えたんでしょうね。

彼女の優しい拒絶で、フラれてしまいました。

 

 

一体何が悪かったのか、今ならわかります。

私は、出不精・筆不精・電話嫌いでしたので、

彼女は不安だったのでしょうね。

今のようにスマホも無く、遠距離は固定電話か手紙。

なので、ほぼほぼほったらかし状態になっていました。

しかし、最大の原因は、、私に“覚悟が無かった”こと。

いつかは結婚するだろうと、覚悟を先延ばしにしたこと。

いや、覚悟を固めるのが怖かったのかも知れません。

でも彼女は、そんな事知らない。

「あなたは優しい人」でも「私の未来を考えてくれなかった」

 (“風の旅人”さんのyoutube記事「22才の別れ」より)

 

このあと私は、先輩から紹介された人と付き合い、

結婚しました。

 

最初に告った彼女と付き合い始めた頃、

ステーキハウスへ行きました。

お金のない下宿生が出来る、最大のおもてなしです。

店の人が焼き上がりを訊いて、テーブルの横で焼いてくれるのです。

私はすっかり忘れていましたが、彼女は心に残ったようで、

以前の同窓会で会った時、言われました。

“素敵なステーキの思い出”(最後はダジャレか~~い)