発達障害に思うこと | カオスの夜明け

カオスの夜明け

もうカオスな自分の身の回り。

仕事できない、散らかる部屋、良い年なのに貯金も少ない。

ブログで客観的に生活を見直して、立派な社会人生活を送るのだ。

最近配置換えがあった。

これまでの大所帯から6人1チームの小さな部屋になった。

私はサブで、初めて女性のボスに仕えている。

で、2名の部下のうち1人が、発達障害っぽくて苦しんでいる。

 

これまでもちょっと空気読めないな、とか年齢の割に幼いよね、とかこの人集中力なさすぎやろって人は周りにいた。

だからそれなりに対処には慣れているつもりだった。

この類の人と向き合うとき、教育、成長、自律を促す、ということは期待できない。

円滑に業務を推進するため、リスク管理して使えるところで使う、という対応でこれまでやってきた。

きれいではないけど現実的だと思っている。

 

今の職場での24歳の彼に対する対応も同様である。

状況に合致した行動をとれない、集中力がない、落ち着かず常にキョロキョロしている、言葉のコミュニケーションを文字通り解釈する、表情に乏しい等、直ぐちょっと幼いなと分かる彼。

私より女ボスが彼に対し拒否感を露にしている分、彼への対応はうまくやってきたと思っていたのだ。

 

しかし今日、些細な彼のミスを怒鳴ってしまう。

2度目の同じ失敗にではなく、彼が指導を受けるときに笑ってしまったからである。

これまでは一貫して、彼に伝わるように平易な言葉と優しい口調で指導してきたのだが、今日崩れた。

崩れたのは私の態度と、彼から私に向けた信頼感である。

 

この類の人は「味方」の指導を聞く。

内容にかかわらず、激しく叱咤されては心を閉ざしてしまうのだ。

 

当初、誘われた食事を拒否し、皆と離れて同じ食堂で個食していた彼。

仲間で食事をするのは大事なことなんだ、と指導して、周りを昼食に誘うまでなっただけに、悔やまれる。

 

 

 

 

怒りの感情は連鎖増幅し、過去の感情を書き換えてしまう。

これまでの彼に対するトラブル対処は淡々と行ってきたが、感情を抜きに情報処理していた過去に、時間を取られた恨みの感情が加わる。

そうすることで現在時間も失っているのだが、気持ちが落ち着かない。

 

放置して本人だけ損をすれば非常にわかりやすいのだが、チームなのでそうもいかない。

 

若年者がすべき雑用に気づかない。

職場は古い文化が生きており、それが現状の常識である。これはすでに教育している。

教えたことに応用ができないらしく、似た状況が起きても実施の指示をその都度出さないと動かない。

雑用に気づかずスマホゲームに興ずる彼は無敵である。

 

職場環境に快適を求めるからいけないのか。

若年者の育成を前提に、どこかで年相応になってほしいと願っているから苦しいのかもしれない。

 

彼がまともに教育を受けずに転入してきた理由が分かったかも知れない。

前部署でも成長あきらめられ、教育から排除され、その都度指示をして使ってきたのだ。だから本人は空っぽで成長しない。

彼の転入直後に前部署に対する教育不足への抗議は、自分への言葉そのものだったのである。

 

俺もまだまだやな。