ローマ フミチーノ空港
早朝の空港は人影もまばらで、航空会社のチェックイン カウンターですら、空いているのは数カ所だけだった。
インターユーロの便を中心に纏められたターミナルは広さもさほどなく、彼はとても簡単な手続きでフランクフルトを経由して東京へのボーディングパスを受け取った。
セキュリティを済ませてデパーチャーロビーへ進む。
ここも人は少なくて、何処か寂しげな雰囲気を感じさせた。
彼はアルミ製の枠に皮を貼ったヨーロッパでは良く見かけるラウンジの椅子に深く沈む様に身を預けながら、侑子との事を考えていた。
あの夜、彼はとても久しぶりに、彼女を抱いた。
彼女の言葉に一度だけ同意すると答え。
彼女にしても、その言葉が真実かどうかなど確かめる事もなく彼を受け入れた。彼女には、別れた筈の彼と共に裸でベッドに入るためには何かそれを自分自身に認めさせる為の作業が必要だった。
だから、あんな条件を彼に突きつけた。
そして、その条件を言葉だけだとしても彼に呑ませる事で、彼女には理由かわ持てた。
彼に抱かれる理由。
彼女はあの夜、自分でも不思議なほど冷静に、それでも熱く彼を受け入れた。
悲しいほどの切なさと、激しい高まりを感じた。
彼もまた同じ思いで彼女の身体を抱きしめた。
約束の重さよりも、彼女の気持ちがよく解った。
彼女はきっとあの約束をあてにはしていないことも。

彼女も今朝の便で名古屋に帰ると話していたけれど、それも同じくルフトハンザの便でだ。
もしや同じ便かと確かめたところ、ここフミチーノを1時間以上前に出るミュンヘン行きだと言っていた。

フライトは間もなく搭乗が始まる。
にわかに乗客数も増えて来た。

彼女も1時間以上前にここに居たのかと、そう思った途端に彼女に会いたくなった。
切なかった。

やがて、ボーディングが始まった。

彼は、バック一つとジャケットを持って席を立った。
1時間も前の彼女の姿を探してみた。
彼女の姿が見えた様な気がした。

やがて、彼の乗ったフライトは急激に加速して空に舞い上がった。
ローマに別れを告げるように。

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