フィレンツェが近づくにつれてアウトストラーダの流れは少しだけ緩やかになっている。追い越し車線を結果として巡航し続けた彼は、右にターンシグナルを点滅させながら車線を移った。
前後には商用の車。
間も無くランプウエイが見える頃だ。
追い越し車線をものすごい速度で走り抜けて行ったのは、イタリアンスポーツではなくメルセデスだった。
どこの国でも、メルセデス乗りは忙しいらしいと、思わず皮肉な笑がもれた。
ランプウエイで減速しなが彼はコンソールの時計を見た。
関係者と待ち合わせた時間にはちょうど良いタイミングで彼はフィレンツェに着いた。
今回の待ち合わせは、インター近くのホテルだ。
一般道に降りると、そのホテルの案内だろうか、小さな看板が目に入った。
10分ほどでホテルに到着した時に、待ち合わせの30分前だった。
車をパーキングに回し、ホテルのロビーに入る。
入り口から同じ高さのフロアーが広がり、何処に何があるかがとても分かりやすい作りだ。アメリカンスタイルとはいえ、イタリアだけに、わりとセンスの良い木を使った内装に仕上がっている。どちらかと言えば北欧的なデザインだ。
ホビーはとても静かでベルボーイ以外には人影も無い。
彼は静かなロビーを入り口からフロントとは反対の方向に進み、三段だけの階段を上がり、コーヒーショップに入った。
コーヒーショップも空いていた。
通された席は窓側の明るい席で、彼はガス入りのミネラルウォーターを注文した。
それは、ライムのかけらと共にテーブルに直ぐに届いた。

窓の外を眺める、ただの郊外の風景がそこにはあった。けれども、彼にここがイタリアだと忘れさせない最低限の雰囲気はあった。
彼は、先ほどの侑子の事を考えていた。
数年ぶりの再開。
ただ、それだけだけれど。
あの偶然の一瞬に、何か言うべき事が有ったのではないか。
もう少し、同じ時間であっても。
そう考えた後で
あまりにも、一瞬で、あまりにも突然で、考えたところでどうにもならない事だと、結論を出した。
いずれにしろ彼女は今、少なくてもイタリアにいる。
それだけの事だと。

暫く、彼は以前の彼女との事を思い出しながら、過ごした。
あれは、どう考えても俺が悪かったと、反省にもならない反省をした。

ロビーが急に騒がしくなった。
日本語が聞こえてきた。



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