イーストウッドと言う人間が撮った事実が全てだ。あの合衆国という国の決定的な矛盾を、今とは違う時代に父親たちの実体験として造り上げる。その手法があまりにも悲しい。現代の話しにして、それを描く事の難しさと、かりにそうした場合の作品から失われるリアリズムを理解して。
最も痛烈に、かっ薄い最低限の緩衝剤を入れることにより、観る人に救いを与えている。あまりに滑稽であり短絡的な事柄を権力は最大値のプライオリテイで実行し、そのために個人の権利も感情も無視する。にも関わらす、彼らの国は夢と希望に満ち、事由は何よりも優先されるとなっている。矛盾を誰もが感じ、受け入れた末路がそこにある。アメリカの象徴とも言えるイーストウッドが、このタイミングで作品を残した意味。ヒーローそのものの彼が英雄の本当の姿を描く。一言で言えば、皮肉。
彼は皮肉を憎み抗おうと戦っている。
絶望した後の努力。
合衆国の悲劇はあのずっと以前から、何らか成長する事無く続いていき。
誰もが止められない
だからこそ
間違いを見て
駄目だと絶えず感じながら同じ事を繰り返す。
彼は作品の評価より
人類としての懺悔を作品に込めた。
ただ 皮肉なことに この作品自体が劇中の彼らと同じ運命をたどる

人の闇は根深い
そして 人は それを 解る存在だ