僕らの会話 ライム の丸テーブルを挟んでのその内容は

2年前までの出来事に終始した。

それは、マリネしたマグロとアボガドの冷静とともにカバで乾杯した時から

マッシュルームのアヒージャーをフーフー言いながら食べて笑って シェリーを飲んでも変わらなかった。

海辺のこの街での2年前までの出来事が思い出されては笑いそしてまた 飲んで笑った


その間、有美の笑顔が何処かに陰りを内包している事に何度もそう何度も気付きながら。


「ワーホリ どうだったの」

笑いの中で切り出した僕の言葉は一瞬 空気の中を緩やかに浮かび反応が無いまま天井に消えた

けれど、その言葉が発せられなかった訳ではない証拠に 笑顔だった有美の表情は虚ろになり

窓の外、駅舎の向こう側に入ってきた電車の姿を見たまま動かない。


そして 有美が答えたのは およそ2分後だった

「オーストラリア ゴールドコースト 2年も居たんだよね 私は・・・」

僕は黙って有美を見た

「思い出と呼ぶには つい昨日までのことなのに もう 今は思い出と言いたくない記憶みたいなものよ」

僕は未だ口を開かなかった

「話したくない記憶 でもね それを聞いて欲しくて だから会いたくて ・・会いたくて」

僕は頷いた

内容の解らないことに僕は ただ頷いた

「ほんとう 行かなければ 違っていたかもしれない 絶対違ってたよ・・ 違ってたのよ」

・・・・・

「最初はね楽しかった 総てが輝いて見えた 総てがこの街よりも そして日本よりもね」

有美は ゆっくりと 現地での2年間を話し出した。

1ヶ月 2ヶ月 期待が現実に同化して 等身大に見えてきたのは半年後だと言う。

そして1年経った ある日から現実が少しずつ違っていく

その時 少なくても 有美は2年前 僕と別れた時の有美の延長に居たみたいだっだ。

有美はこの年に 恋をしたと言う その恋はどこか 眠りの中の恋だったと

恋はやがて、有美を変えたのだと彼女は話す

有美と 彼女の周囲の環境を著しく変えたと


僕は話の途中 からシェリーが思いの他苦い事にふと気付いた

そして苦さは、やがて 酸味を帯びた感じになり

やがて、味など感じないただの液体になった。


有美の2年間の話は やがて、日本へと戻った。


僕は、言葉を完全に失いながらも 何か彼女に言うべき言葉を捜した。

「何も 本当に何も変わらないよ 君は 君なんだし 」

本当はそう言いたかったけれど僕が言った言葉は違った。

「あの日 僕はなぜ 君を引き止めなかったのだろう」

僕は、無責任な言葉を彼女に投げた。

「君が悪いのではないのよ 私が間違ったの」


「いい勉強さ」などと言えない自分が居た。

あの日彼女を止めたら 彼女は傷つかなかっただろうか?

でも、僕には行かなかった後悔が彼女には長く残ると感じていた。

行かなかった後悔はしなかった彼女は、行った事に後悔している。

理不尽な真実が僕に突きつけられ

悲しい現実を彼女は経験し それを僕に今夜話した


話してくれた事への安心感と

知ってしまった出来事の動揺と

それ以上に彼女に付いた深いこころの傷と

僕自身は何も変わらないこの2年間で 僕は今夜彼女の何を抱きかかえる事ができようか と痛感した。


彼女は、涙も流せないで この話をした この店を選んだ事は 僕は少し後悔した。

でも、これが僕の車の中だったら

彼女はたぶん、泣きじゃくったかもしれない


そんな彼女を受け止められただろうか


今、彼女に必要なのは もしかして 泣く事 しか それしかない気がした。


「出ようよ」


僕は彼女にそう言って席を立った


キャッシャーに向おうとする僕に


オーナーが合図した


とりあえず行きなさいとオーナーは自動ドアまで無言で見送ってくれた。


僕は 有美の手を取り店の階段を降りた。


駅前には客街のタクシーが並んでいたけれど、それには乗らず僕らは歩いた。


2年ぶりの有美の手は冷たくて


僕はジャケットのポケットに有美の手と自分の手を突っ込んだ。


2人きりになれる、そう この場から逃げる車があれば


僕は飲みすぎた事を悔やんでいた


色々考えて、僕は有美を連れて駅から近い自分の家に向った。


幸いにも僕の車はいつも家から少しだけ離れた駐車場に置いてある。

ドアを開けて有美をサイドシートに乗せた。反対側のドアを開いて僕も車に乗った。


未だヒーターは要らない夜、ドアを閉じただけで車内は充分に暖かかった。


突然 有美が僕にしがみつき 大声で泣いた


こうしてあげる事が 今は大切だと思った


有美の涙で僕の胸元が濡れていくのがわかった。


僕は彼女の肩をただ 抱いていた。


「ごめんね 有美 ごめんね」


何故か自然とそう僕は有美に何度も言っていた。 


フロントグラスが少し曇り始め 外の景色がぼやけてきた・・・・




写真は無関係ですが 雰囲気はこんな感じ そして 聞いてみてこの歌を 【二つの宿題 SENARI OE〕

molt posso 追従できない放物線の裏側へ