海岸にそのホテルはあった
冬の波を見下ろして彼は窓辺のソファーに居た。
右手にはコーヒーマグを持ち
冷たい波の波頭が北風に向って立ち上がると みるみるしぶきが上がった。
空気中に飛散した水しぶきは、やがて霧となる。
塩分を多量に含まない真水だったら凍ってしまうだろうと彼は考えた。
部屋の奥 廊下に続く部分がバスルームだった。
アメリカ系のデザイナーのそれは、ガラスで囲まれたものだった。
バスルーム内は程よく曇っていて中の様子はぼんやりと見てとれた。
彼女が裸でバスタブから上がりバスローブに包まれる様を彼は見た。
艶やかな、皮膚につく雫の加減が彼は見たいと思ったけれど、そこまでは見えない曇りがそこにはあった。
髪を拭きながら出てくる彼女に彼は
「外はどうやら氷点下近いのかもしれないね・・・」
と言った。
そして
「バスルームの中はどうやら熱帯のようだね。」
とづづけた。
「温まったわ」
彼女はバスローブのままで窓際に置かれたもう一つのソファーに腰を降ろした。
「水滴に包まれてバスタブから上がった君は ととも良かった」
「恥ずかしいわよ 見ていたのかしら」
「見ていた」
彼女はバスルームを振り返った
彼女が出た後で急激に温度の下がった部屋は ガラスの曇りもなく綺麗に中が見えた。
「本当に良く見えてしまうのね 恥ずかしいわ」
彼女はそう続けて言った。
彼は、自分が見ていたときは曇りでよく見えなかった事を彼女には伝えずにいた。
「もう一度みたいな」
「なにをかしら」
「君自身をだ」
「変ね そんな事を言って いつも見ているくせに 可笑しいわね」
「いや いつも見ているけれど 今 無性に君を見たい 佐伯裕子 君を見たいんだ。」
彼女は彼の前に立つと バスローブを背中に落とした。
彼は 頷いて 微笑んだ
彼女は何も隠さずに 手を両脇につけて やがて足を肩幅に開いた
「とてもいい綺麗だ」
彼女は「恥ずかしいのよ」とだけ言ったが そのままの姿勢でいた。
「後ろを向いてくれないか」
彼が言うと彼女はそのまま後ろを向いた
足を肩幅に開き 綺麗に伸びた腿のうらから膝の裏までのラインが美しかった。
彼は彼女の足の間から 北風の中の波を見た。
「外は寒そうだね」
彼は立ち上がり彼女を後ろから抱き 首筋にキスをした
「続く素敵な出来事をベッドで」
そう彼は彼女の耳の中に囁いた
彼の指先が 熱帯のフルーツの蜜の果肉の中に導かれた。
とてもそこは熱帯の熱を帯びていた
吐息が漏れた
綺麗な声だった
※写真はかつて存在したさるHPからの転載です。