ズブロッカの酔いは心地よく、意識は堕落するどころか鋭敏に研ぎ澄まされる様な酔いだった。

男は女にとりとめの無い話を繰り出しては、彼女の反応を楽しみ。

女もまた、仕掛けるでも仕掛けられるでもない言葉を選んでは微笑んでいた。

女も酔っては来たが、男動揺に感覚が鋭くなるそんな酔い方をした。

緊張感 そう 程よいそれが2人を包み込んでいた。


男は片手を上げ、チェックを済ませた。

バーテンはコートをクロークから出して出口で2人を向かえた。

「車を呼んでおきました」

男はバーテンに笑顔で礼を言うとコートを受けとった。

2人はエントランスでホテルマン数名に見送られてホテルを後にした。

車は男が告げたとうりの道順で走り、深夜に近い時間の都内は意外にも空いていた。

日比谷公園を右に見ながら男が言った。

「それじゃ、先ほど外したものを手渡してもらおう」

女は男を見た

「どうしてそうしてると解るのかしら」

そう尋ねる女に、笑顔を向けて

「違うなら出すものはないだろうから それでいいんだ」

「変な人ね でも 私は貴方の言うようにしたと思うのかしら」

「僕はそう思う」

男は短く言った。

「なぜ」

「君は綺麗好きだから」

「なぜ」

「外さずにあの場で酒を飲んだとする、そうすれば間違いなくそれは汚れてしまうだろうから」

女は男の耳元で囁くように言った。

「でも、それではスカートが汚れてしまうのよ」

「綺麗好きの君は そう スカートが汚れる事までは考えていなかった。」

「え」


「外したな はは 自分で答えを言ったんだ。」

なぜ

「外していない人間には スカートが汚れるという感覚は思いもよらないだろうから」


「確かめてはみないのかしら」


「いや 今はいい」


「そうなの」

車は、青山通りを渋谷方面へ走った。

そこから旧山手通りに向った。


女は自分のバックを引き寄せると中に手を入れた。


そして、その手を彼の手に差し伸べた。


男はだまってそれを受け取り コートのポケットの中で感触を確かめた。


シルクの肌触り 乾いた手のささくれに掛かる感じがした。


「もう一つあるだろう」

男は言った。


女は否定せずに 鞄の中を見せた。


そこには、男の示すものが見えていた。


「これは汚れはしないのよ」


「解らない 君なら汚すかもしれないね」


すれ違う車のヘッドライト と 路肩のカクテルライトの光が

美しい彼女の横顔に影と光を交互に投げた。


やがて車は、代々木上原のマンションの車寄せに入って行った。


彼女のマンションだった。


2人は車を降りて、エントランスに入った。


エントランスの置くには24時間でコンセルジュが居るマンションだ。


男はエントランス内の死角になる場所で彼女を抱き口付けをした。


唇を離すなり男は女に 短く おやすみ を告げ 一人エントランスを出て行った。


女は 男を見送った。


男は一度だけ背中で手を振ると 表通りでタクシーに手を上げた。


彼女は、コンチェルジュから郵便物を受け取るとエレベーターに乗った。


部屋に入り、入り口から真っ直ぐに伸びる廊下の突き当たりのダイニングに入り電気をつけた。

やがて、来た廊下を半ばまで引き返しベッドルームに入りコートと服を脱いだ。

スカートとブラウスを脱ぐ、彼女はガーターに吊ったストッキングとパールのチョーカーだけの

自分をクローゼットの鏡で見た。


ガーターとチョーカーを外してバスルームに入る。

そこで彼女は時間をかけて熱いシャワーを浴びた。

浴室からタオルだけを持って彼女はベッドルームに引き返し、ショーツだけを着けて

ダイニングを通り越し、キチンに入った。

キチンの窓からは公園の木々が見えた。

冷蔵庫から ペリエを取り出して、ゴブレットに注いだ。

そのゴブレットを持ってソファーに腰掛けてテレビをつけた。

西から天気は崩れていて、まもなく雨が降ると伝えていた。

時間をかけて一杯のペリエを飲む頃にはニュースも終わっていた。

テーブルの上の携帯が震えた


男からのメール


僕は今日とても もったいない事をした いい女を抱きそびれてしまったのだから 後悔かな?


彼女は返信をせずに 携帯を閉じた


彼女は 少し微笑んで


今夜これからしてしまう事を思った


そして 少しだけ 男のコートのポケットの中と彼のコロンの香りを思い出した。





molt posso 追従できない放物線の裏側へ