いつしか雨は激しさを増してきた。
心から贔屓目に見たとしても格好の良くない車を慶子は雨の中走らせていた。
ワイパーは劣化したブレードと油膜とでただでさえ見えにくい視界をさらに悪化させている。
エアコンからは何とも言えない匂いが噴出している。
彼女は勤務先のメーカーがレディスのラインで展開しているこの冬のスカートをはいていた。
トラッドの老舗メーカーらしい落ち着いたグレーフランネルのフレアスカートはとても上品な作りだ。
なのに、この大柄な車のべダル配置のとステアリングとのポジションで彼女は細い脚を半ば投げ出し、かなり足を開いて運転せざる得なかった。
僕は彼女を見て「この車君には少し似合わない」
と言った。
彼女は涼しい笑顔を僕に向けて ツンとした鼻で先で「なぜ」と短く言った。
「君は、この親爺ご用達の車を転がすには少し可愛すぎるよ」
彼女は今一度僕を見て
「でもね 気に入ってるのよ」
と言った。
彼女は何故か首都高を使わずひたすら第一京浜国道を走る。
僕はこれには触れずにいた。
彼女の運転する車は時間をかけて横浜に到着した。
途中一部渋滞を経て 横浜駅前を辿った。
さらに山下から本牧のYYCまでやってきた。
YYCの建物は営業すらしているのかも解らない佇まいだった。
1時間以上を運転し続けた彼女がセレクターレバーをPに入れサイドブレーキを引いた。
そして、彼女は細く白い右手の指でイグニッションをOFFにして、シートスライドを目いっぱい後ろに引いた。
開いて運転していた足を揃えて真っ直ぐに伸ばす。
暗がりで光る彼女の履いている靴が、ここ横浜の老舗のものだと初めて気が付いた。
「う~気持ちいい・・・」彼女は両手も上げて伸びをした。
エンジンが止まった車内は静かで、滴の大量に付いたサイドウインドウシールドの外は雨上がりの景色だった。
窓からも係留された無数のヨットを見る事が出来た。
会話もなく静かな時が流れた。
彼女が窓を少し開けた 空気が流れ込んで来るのを感じた。

「ねえ 聞こえる」
彼女が囁くように言う
「ヨット ね マストから下がったロープが風に吹かれるとね キン キン という乾いた音がするのよ この音」
僕は耳を澄ませたが残念ながら聞こえない
「ほら ね 今の音」
彼女が目を丸く開いて僕を見た
キーン キーン 小さいけれどその音は確かに 聞こえた
何の事もない音 言われれば何度も聞いた事がある音だった

「いいね~ この音が 私 この音が好きで 時々来るのよ」
僕は今まで考えた事もなかった この音が その日から好きになった。

「歩こうよ」
そう言うと彼女はドアを空けて車の外に出た。
フロントを回り込み僕の側に外から立った。
彼女のスカートは膝丈だった事を知った。