青山通りから半蔵門に抜けてプレリュードは進んできた。
フロントガラスには予期せぬ雨粒が落ち始める。
ポツリ 小さな音を立てて弾かれた水滴がフロントガラスを流れる。
2滴 3滴と増える雨粒が視界をそろそろ奪い始めるタイミングでトモヒデがワイパーの短いレバーを指先で弾いた。
かなりのスピードで1アームのワイパーが往復した。
フロントガラスの埃と雨の滴が一方に集められて一直線の埃の境界を作った。
「振りだした」
トモヒデがつぶやく
「そうだね 振りだした」
二人は気象の変化を口に出したけれど、二人の予定には何ら影響は無かった。
日比谷から道を逸れて 有楽町のガード下あたりでプレリュードは空いているパーキングスペースに止まった。
「ありがとう ここで良いよ」
僕がトモヒデに礼を言うと、彼はエンジンを切って車から降りようとしている。
「あれ なんでお前が降りるのよ・・・」
「当然さ俺も待ち合わせがある」
「また また ま いいか」
二人は小雨の中 車から降りた。
ドアを閉める音は鈍く小さかった。
セントラルロックの音が聞こえた。
傘もささずに僕は雑踏をマリオンに向かった。
その後ろをトモヒデも付いてくる。
僕はマリオンの中通路を阪急側に入った。
エレベーターで紳士服のフロアに上がり、彼女の務めるブランドのコーナーに言った。
そのコーナーに着くやいなや、顔見知りの彼女の先輩が綺麗に化粧の整った笑顔で僕等を見るなり言った。
「定時上がり 今支度して戻ってくるからね」
僕はお辞儀をして店の邪魔にならない場所で待った。
トモヒデは買いもしないのに、シャツやらジャケットやらを見まわしていた。
暫くして慶子が現れた。
僕が慶子に気付くより早くトモヒデは慶子の傍に歩み寄り何やら話している。
少々僕は不機嫌になりながらそれを見ていた。

「おうじゃまたな 」
突然トモヒデは手を振るなり帰ってい行こうとした。
「おい 待てよ 俺たちも今ここを出るんだから」
僕が良い停めると トモヒデはそれも気にせず 一人でエスカレーターをさっさと下って行ってしまった。
「面白いよね 彼」
慶子がそれを見て笑っていた。
「変った奴だよ」
僕が答えた。

少し間をおいて僕等もエスカレーターを下りた。
「今日ね車で来たのよ」
慶子はそう言うと彼女の父親の車のキーを見せた。
そのキーには慶子にはとても似合わない、将棋の駒のキーホルダーが付いていた。
勿論 王将かと思いきや そこには何故か 箱根 と書かれていた。
「わ ださい・・・」
僕が思わず言うと 慶子も独特な笑顔を見せていた。
地下の駐車場に彼女の父親の ねずみ色のスカイラインセダンが佇んでいた。

彼女が運転席に座り僕が助手席に入った。
エンジンをスタートさせ、小柄な彼女はやや大きすぎるステアリングを抱えるように回して料金のブースまでゆっくりと進んだ。
ブースでは半ば乗りだし気味に彼女は料金を払った。
スカートの裾から伸びた2本の足と太ももが眩しかった。
地上に出て直ぐに彼女はカーラジオのスイッチをオンにした。
スピーカーからは試験放送が始まったばかりのFM横浜が鳴り出した。
曲はサザンだった。
雨は先ほどよりかなり強くなり、オンボロスカイラインはワイパーを忙しなく動かした。
水たまりを走る音がフロアから響いて来た。