ブログネタ:転校生に関する思い出 参加中
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私は同じ町内で一度引っ越しをしただけで、転校生になったことはないです。

また私が育ったのは、東京の埋立地そば。
転出する人は多くても、同じ学年&小学校6年間で転入した人は2人しかいませんでした。

そして中学高校は、エスカレーター式の女子校。
帰国子女以外、基本的に転入生はいません。


なので転入生に関する思い出というと、小学生時代しかありません。

1986年の大島の三原山噴火。
当時小学生でしたが、私は「なんだかすごいことが遠くで起こっているなぁ」と思ったくらいです。
(今考えると、大島は全然遠くないっ)

その後、大島島民、全島避難になりました。
大島の児童&学生さんも区内全校に散り散りに転入してきました。

そして私のクラスにも1人転入してきました。

まず転入生自体が珍しいので、みんな質問攻めです。
大島ってどこ~から始まり、噴火の様子とかもいろいろ。

なにしろ、転出する人は多くても、転入生が少ない小学校だったので、「異文化交流」状態でした。
話す言葉、その人の雰囲気、まったく違います。
そう、日本人が外国人と接するような感じでした。

彼自身はとても明るく朗らかな人格で、たちどころにクラスに溶け込みました。
少なくとも私の眼には、自然にクラスに溶け込んでいったように見えます。
大島に育てられた心の大きさなのかもしれないなぁ・・・と思いましたね。

学年全体の人数もそう多くなかったので、今でも彼のフルネームは覚えています。
約3ヶ月間在校して、大島に帰っていきました。


私は恐ろしいほど船酔いしますが、大島くらいなら行けるかもと思うので(飛行機もありますし)、一度は大島に行ってみたいと思っています。
椿祭りの時期にポスターを見ると、猛烈に大島に行きたくなります。