本 2017/Feb. 011 | 天風うらら
{552250C4-414F-459D-9682-1A6F8CD047BC}

強烈なオヤジが高校も宿も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話
宝槻 泰伸
2014/08/31

すごくハチャメチャなオヤジさんだが、子どもの好奇心や興味をうまく引き出している。その当時の息子達の気持ちが書かれていて面白い。著者は長男の方だ。

印象に残った文章

失敗すること、逸脱すること、他人と異なること、そしてのめり込んでしまうことを恐れ、舗装された道のりを歩むよう子どもたちを管理する。そんな場面が目立ちはしないでしょうか。

「How to do」を知る前に「How to be」を考える機会が必要です。「どうやるか」よりも「動 どうあるか」を考えることです。そしてそれは、自分の価値観・世界観・人生観を育むことに他なりません。

価値観や世界観を育む、というのは一見難しいことに思えますが、やはり人との出会いがとても効果的。中でもロールモデルとの出会いは強力な機会になります。

百聞は一見に如かず。説明よりも体感を。

子どもの興味・やる気を引き出すために働きかける一方で、「待つ」という姿勢もとても大切だと思います。

そんなふうに、質問されたり解説されたりしながら、一つの映画についてそれぞれの意見や感想をぶつけ合います。たとえるならそれは、思いや違憲を言葉にする道場のようなもの。兄弟間での競争意識が強いので、われ先にと意見を口にしたものです。

また、「対話」というのは相手の意見にも耳を傾けるからこそ成立するもの。自分だけでは気づけないことを得る、とても有意義な機会となります。

教訓や視点を他人と共有し深めることには、学びのチャンスが眠っています。夫婦で、親子で、子ども同士で、日常的に「会話」をする時間は自然と訪れてきますが、積極的に「対話」の時間を作り出せるといいと思います。

ティーチングは「こちらが主人公」で、こちらの能力によって相手に変化を与えますが、コーチング・ファシリテーションは「相手が主人公」という視点を重視し、主体性を尊重し、こちらが教え込むよりも、相手が学び取ることを重視します。答えや気付きはすでに相手の心の中に眠っていいるが、それを独力では取り出すことが難しい時に、横から介添えをしてあげるように関わる、というイメージです。

授業をするのではなく、日常的に対話の機会を作り出し、コーチングやファシリテーションに徹することで、家庭内での教育的な親子関係を作り出せると思います。

学校(フォーマル)や家庭・地域(ノンフォーマル)意外で子どもが何かを学び取れば、それはインフォーマル・エデュケーションと呼ばれます。

この三つの教育の中でもっとも重視すべきは三つめのインフォーマル・エデュケーションです。日常の経験や環境から学び続けることこそが、二十一世紀を生きる私たちに求められていることだからです。

したがって極端に言えば、学校教育を通して個性を育むことはできません。個性を引き出すことは得意ではないといった方がいいかもしれません。

というのも、学校教育では学習に対する態度も評価の対象となってはいますが、実質的には知識・能力が評価の中心です。特に、いつまでに何も身につけさせるか、ということが重視されます。

本書のストーリーは「強烈なオヤジのぶっとんだ家庭教育」ではあるのですが、「基本的な読み書き計算能力の向上や、標準的な体験の獲得は学校に任せつつ、好奇心や探究心を育てる教育や、学校では得ることのできない体験学習を家庭の中で実践したストーリー」として、家庭でどんな教育を進めていったらいいか、その参考になるように書いたつもりです。