本 2016/Dec. 106 | 天風うらら
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スタンフォードのストレスを力に変える教科書
ケリー・マクゴニガル
2015

THE UPSIDE OF STRESS
by Kelly McGonigal. Ph.D.
2015

印象に残った文章

このような思い込みの効果は、プラセボ効果よりも強力で、「マインドセット効果」と呼ばれています。プラセボ効果が短期的にある効果のみをもたらすのに対し、マインドセット効果の及ぶ範囲は雪だるま式に増大し、ますます威力を増しながら長期的な影響をもたらします。

このような研究結果が、示しているのは、年をとることについての考え方がその人の健康や寿命に影響をおよぼすのは、ポジティブな考え方そのものに素晴らしい効果があるせいではなく、ポジティブに考えることでその人の目標や選択が変わってくるからだ、ということです。これこそまさに「マインドセット効果」を示す最適な例です。

クラムの研究が示しているのは、短期間の介入が、人びとのストレスについての考え方や受けとめ方に、長期的な変化をもたらす可能性があるということです。

あなたの「考え方」を変える3段階の方法
もっとも効果の高いマインドセット介入は、次の3段階の方法で行われます。
① 新しい考え方を学ぶ。
② 新しい考え方を取り入れ、実践するためのエクササイズを行う。
③ 自分が学んで実践したことを、ほかの人たちと分かち合う機会を持つ。

つまり、ストレスのよい面も悪い面もきちんと認識したうえで、あえてよい面を見つめること。そして、自分がつらい思いをしているのを認めたうえで、そのストレスのせいでかえって、大切なものとの結びつきが強まっているのだ、と意識することです。

しかし、わたしが思うにもっとも重要なポイントは、ストレスのよい面を見つめるためであれ、「ストレスは場合によっては害になる」という認識を捨てる必要はない、ということです。

ストレスによって生じるエネルギーは、行動を促すだけでなく、脳を活性化させます。

この話が素晴らしいと思うのは、ストレス反応にはいくつもの種類があるのを思い出すことで、たとえ状況は変えられなくても、自分自身のストレスの受け止め方は変えられる、ということを端的に示しているからです。この場合は、「社会的なつながり」や「意義」に意識を向けたことが、つらい長旅を乗り切るために最適な方法でした。
それとはちがって、自分しだいで状況を変えられる場合には、ストレス反応は「行動力」と「勇気」を与えてくれることを思い出したほうが、役に立つかもしれません。

やるべきことが多すぎるくらいでも、忙しい人のほうが幸せを感じています。

たとえばら9000名の成人を10年間にわたって追跡調査したイギリスの研究では、「大きな生きがいのある人生を送っている」と答えた人たちは、死亡率が30%も低いことがわかりました。学歴、資産、うつ病の有無、喫煙、運動、飲酒などの健康に関わる要素を差し引いて考慮しても、そのリスクの低さは変わりませんでした。

あなたにとって大切な価値観は?
「価値観には、自分が大切に思っているものが反映されている」

いずれの実験においても、参加者たちはストレスを感じたらブレスレットかキーホルダーを見て、自分にとって重要な価値観を思い起こすように指示されました。この指示はとても効果的で、困難な状況を乗り切るには、自分の価値観をいちど紙に書き出してみるエクササイズよりも、こちらのほうが役に立ちました。

しかし、大切な価値観を思い出すことで、少なくともひとつは、自分自身でコントロールできることがあります。ストレスを減らしたり、なくしたりできないときでも、自分がストレスに対してどう反応するかは自分で選べるからです。

自分がなぜストレスの多い状況に置かれているのか、その理由を忘れてしまうと、わたしたちは自分のことをストレスの犠牲者だと思うようになります。
でも、「エベレストの中腹は、今夜も寒くて真っ暗だ」と思えば、ストレスの矛盾(パラドクス)を思い出すことができます。人生でもっとも重要な試練のときには、何度か真っ暗な夜が訪れるのです。

ストレスに強くなるというのは、ストレスを感じたときに、「勇気」や「人とのつながり」や「成長」という人間ならではの底力を、自分のなかに呼び覚ますことです。

「ストレスに強くなる」というのは、ストレスを避けることではなく、ストレスを経験するなかで自分自身を積極的に変えていくことなのです。

そして、テスト前に緊張するのはよいことだと思えるように、つぎのようなメッセージで半数の学生たちを励ましました(これがマインドセット介入です)。
多くの人は共通テストを受けるとき、不安になったら失敗してしまうと思っています。ところが最近の研究によって、ストレスを感じるとテストの結果が悪くなるどころか、むしろよくなることがわかっています。試験中に不安を感じている人のほうが、成績がよいくらいです。ですから、きょうの試験中にもし不安な気持ちになっても、心配する必要はありません。もし不安になっているのに気づいたら、「ストレスのおかげでうまく行きそうだ」と思えばいいのです。

ずいぶん単純だと思うかもしれませんが、わたしが教えている多くの学生たちも、不安を感じたときには「興奮しているしるしだ」と自分に言い聞かせれば、効果てきめんだと言っています。

ストレス反応はすべて成功を妨げると思ってしまうと、とにかくストレスを減らそうとして、かえって最高の実力を発揮できなくなってしまうからです。

新しい考え方のおかげで、体に起こるストレス反応は「妨げ」ではなく、実力を発揮するための「手段」だと思えるようになりました。それで、「こんなのむり」などと思わずに「絶対にできる」と思って、挑戦することができたのです。

「自分には人生の困難な問題に対処できる力がある」という自信を持っているかどうかで、希望を持てるか、絶望するか、粘り強くがんばれるか、挫折してしまうかが、決まってしまうからです。

言い換えれば、「思いやり・絆反応」が起こると、あなたは思いやりが強まり、勇気が湧き、頭の回転が速くなるのです。勇気と希望が湧いて、思い切って行動に出ることができます。さらに状況を見認識力が高まるため、賢明に対処できるようになります。

人助けをすると時間が増える
この研究結果から学ぶべきことはふたつあります。ひとつは、身近な人が苦しんでいるときに、意識をどこに向けるかによって、わたしたちの体に起こるストレス反応は違ってくるということです。

もうひとつは、わたしたちは小さな行為によって、自分の体を勇気の出る状態にできるということです。

「時間がないとあせっているときほど、時間を惜しまずに誰かの手助けをしたほうがよい---そんな余裕はないと思いがちだが、あえてそうすべきなのだ」

どうせならより大きな効果を得るために、ふたつの方法があります。ひとつは、毎日同じようなことを繰り返すのではなく、なにか新しいことや意外なことをすること。そうすれば、脳の報酬系への刺激がよけいに大きくなります。
もうひとつは、スピーチのときに身ぶりを大きくするのが効果的なのと同じで、ささいなことが大きな効果をもたらすので、誰かの役に立てる機会をただ待っているのではなく、小さなことでも自分にできることを見つけること。

すなわち、個人の利益や成功を超えた目標です。「自分よりも大きな目標」というのは、昇進するとか、報奨金を得るとか、上司にほめられるといった即物的な目標ではありません。それよりも、自分はコミュニティのなかでどんな役割を果たすべきか---自分はどんなふうに貢献したいのか、どんな変化をもたらしたいのか、ということを考えて目標にします。

最初にわかったことのひとつは、人びとは「自分よりも大きな目標」とつながっているほうが、よい気分でいられるということでした。希望や、好奇心や、いたわりや、感謝の気持ちが傍、発想が豊になって、ワクワクします。いっぽう、「自分のための目標」だけに向かって努力をしていると、頭が混乱したり、不安や怒りを感じたり、ねたみや孤独に苛まれたりすることがわかりました。

人助けをすると苦しみが和らぐだけではなく、生活上の強いストレスが健康に害を及ぼすのをふせぐ効果があります。それどころか、人助けをすることは、トラウマ体験が健康状態や寿命に影響を及ぼすのを防いでくれるようなのです。

ストレスのなかで孤立感を味わう人はうつ状態になりがちで、状況や周囲を否定したり、目標を諦めたり、強いストレスを感じることはなるべく避けたりするなど、回避的な対処方法に頼る傾向があります。自分の抱えているストレスや苦しみをほかの人に話そうとしないため、本当は誰かの助けが必要でも、周りから手を差し伸べてもらえません。そのせいでよけいに、「こんなに苦しんでいるのは自分だけだ」と思い込んでしまうのです。
いっぽう、「誰の人生にもつらいことはある」と思っている人は、幸せを感じやすく、レジリエンスが高く、人生に対する満足度も高い傾向にあります。自分が苦しんでいることを素直に打ち明けるため、周りの人が助けてくれることも多くなります。また、逆境に意味を見出せるので、仕事でバーンアウトしにくくなります。

フェイスブックなどのソーシャルメディアに費やす時間が多くなると、孤独感が強まり、生活に対する不満が大きくなることが、研究によってわかっています。やはりどうしても、他人の生活のほうが幸せに見えるからでしょう。

ストレス下における孤独感を和らげるためには、ふたつのことが役に立つことがわかりました。ひとつは、ほかの人たちの苦しみにもっと気づくこと。もうひとつは、自分の苦しみをすなおに周りの人に打ち明けることです。

ストレスに負けずに成長する勇気を奮い起こすには、「この苦しみからも、きっとなにか得られるものがあるはずだ」と信じる必要があります。そして、困難な経験によって成長を遂げたときには、自分のなかに前向きな変化が起こっていることに気づき、喜ぶのが大事です。

逆境のなかでもよい面を見つける
・自分の思いがけない強みに気づいた
・人生はかけがえのないものだと思うようになった
・精神的な成長をとげた
・社会的なつながりや周りの人たちとの関係が深まった

最近の研究でも明らかになっているとおり、わたしたちはほかの人びとのトラウマ体験をとおして、人間として成長したり、意味を見出したりすることができます。心理学ではこれを「代理レジリエンス」や「代理成長」と呼んでいます。

ではわたしたちはどうすれば、ほかの人が苦しんでいるのを知って、自分までつらい気持ちになるだけでなく、レジリエンスや成長に感染することができるのでしょうか?
どうやらもっとも重要な決め手は、「心から共感すること」です。相手が味わっている苦痛を自分のことのように感じ、もし自分の身にそんなことが起こったらどうだろう、と想像します。
それと同時に、相手の苦しみだけでなく、相手の強さにも気づく必要があります。