あぁ、同じ部屋で二人目も産めるのかと思うと。
ちょっと嬉しくなりました
しかし病院の駐車場に停めた瞬間から、とても痛みだした私。
なかなかタイミング良いです(笑)
痛みに耐えながらも、まぁまだ耐えられる感じで。
子宮口もチェックされ、もう結構開いてるので、このまま入院で〜すと言われ。
息子の時の出産を思い出しながら、この次はこの処置だったかな?と。
やっぱり一度出産してると、流れが見えて一人目の時と不安感はちょっと違います。
しかし出産の痛みが分かってるから、逆に怖くなるのもあります(笑)
そして今回は何よりも、以前より言葉が分かっているというのが大きかった。
看護師さんと意思疎通できる安心感(笑)
一人目の時は英語で夫とも会話していたので、お互いが第二外国語での会話ゆえ、夫も細かいニュアンスやら質問など、疑問に思ってても私に聞けなかったことがありましたが。
今回私が韓国語を喋れることにより、気になってることなど聞いてくる聞いてくる(笑)
まぁ、それによって鮮明に出産を感じる事ができたそうな。
しかし、私達お互いが冷静ゆえ。
まだ陣痛間隔もあるしと。
夫はコーヒー買いにちょっと外出。
たぶん夜中に出産だろうと思ったのか、眠気覚まし?(笑)
私もいってらっしゃーいと見送る
で、夫が行って帰ってくるも。
けっこーその間、痛くて。
出産本番まで無痛のお注射を打ってもらうことに
←最初からその予定
で、麻酔医の先生がいる処置室へ。
体重を聞かれるも、1~2キロサバ読もうとする自分にツッコみたくなりましたが、それで言った←(笑)
麻酔の量決めるだろうから、ホントは嘘はいけませんよ
で。
陣痛の波が来たときに(陣痛の痛みにより、注射針の痛みが感じないから?)背中に針を刺し。
たぶん留置して、翼状針みたいなので繋いでると思われる←背中だから見えない
また自力で部屋に戻り、麻酔を入れたらトイレ行けないから、今行ってきてと。
で、トイレから帰ってきたら麻酔を入れてもらい。
下半身がなんとなーく感覚がなくなってきて、楽になりました。
でも全く動けないとか、そゆレベルではなかった記憶←すでに曖昧
で、1時間弱麻酔が効いていたものの。
痛みがジワジワと復活…
あ、息子は無事に寝たかな?と母に連絡をしたら。
無事に寝てるよ〜っと言ってもらえたので。
ホッとしたんでしょうね。
その5分後に…
その日初めての本気の痛みのウェーブが(笑)
陣痛が来ていながらも、やっぱり息子の事が気になって仕方がなかったんでしょうね〜
ホッとした瞬間にウェーブよ、ウェーブ。
麻酔
つ…追加
をお願いしたいけど、もう子宮口開いてるから、出産本番です〜いきめなくなるから、麻酔追加はだめよとのことで。
そこは息子の時と同じ、自然分娩でございます。
まんまの痛み(笑)
でも、言葉が分かるぶん。
いきむタイミングやら、励ましの言葉など←頭がもう見えてるよ〜などなど
ゴールが見える分、がんばれた(笑)
息子の時は、出た瞬間すら分からなかったけど。
今回はポンっと出た瞬間が分かって、出た〜っと思ったわ(笑)
夫もへその緒切る係だから忙しい忙しい(笑)
でも二人目ともなり、なんだか楽しんでたわ。
感動しても今回は涙はなく、とにかく終始満面の笑みで、笑ってた
息子と同じ日にちだといいな〜っと思ってた私の希望通り。
日付跨ぎ、深夜回っての出産になりました
朝、地味に生理痛レベルから始まり、フツーに1日過ごして、病院着いて4時間ちょい?
まぁ、安産だったのかな
夜はアドレナリンだだ漏れで、もちろん寝れませんでしたが。
元気に産まれてきてくれたことに、ただただ感謝の気持ちと。
悪阻の時から、私のサポートと家事、息子のお世話。
そして出産の為に私が病院に行かなくてはならない時の息子の事。
安心して任せられる母が見ててくれたから、出産だけを考えられました。
母を何度も長期でソウルへ送り出してくれた父。
まだ生まれないの?っと期待してくれる姪っ子達。
出産当日まで私のリアルライブLINEで励ましてくれた同期。
皆いてくれて、今の私があるんだなぁっと。
感謝の気持ちでいっぱいです。
もちろん夫にも感謝
車の運転も、揺れがひどいとお腹が痛かったりするのを理解して、安全運転に徹してくれたり。
悪阻と体調不良で、韓国では絶対欠席する事がゆるされない名節の旧正月を、まだ妊娠報告してない義実家へ朝一でドタキャンするのを言ってくれたり。
どんな時も私ファーストで10ヶ月サポートしてくれました
息子いながらの妊娠は、一人目の時とは違って、なかなかハードでした。
一人目の時はいつでもゆっくり休めたけど。
今回は息子にも退屈な思いをさせたくないと、週末のたびにどこかへ行っていました。
(妹が生まれることにより、いっぱい我慢させたり、今まで自分しかいなかったのにっという不満を感じさせたくないという思いが強かったので、息子ファーストで私は過ごしてきました)
毎日のオリニチプの送り迎えもあったり。
でも、結果的にそれが安産につながったんだろうな〜っと
39歳頑張った
みんなありがとう