10番 切幡寺の山門に着きました。

Oさんとの同行は、このお寺で最後になります。

最初におとずれた急な参道。
その手前にお手洗いがあって、そのあたりで蚊に刺されました。
ここで私が持ってきた虫よけが、私とOさんの役に立つのですが、その後は使うことはありませんでした。
山麓から中腹の本堂まで約八百㍍。
仁王門からは三百三十三段の石段を登りつめたところが本堂であるとは、つゆ知らず、ガイドブックがあれば事前に覚悟できるのに、もう数日も歩き遍路していると「成るようになるさ」のような思考になってきていました。

途中、お地蔵様が祀られていました。

濡らしてから奉納したお札がいっぱいでした。

この「切幡寺」にはこんな伝説があります。
弘仁のころ、山麓の貧しい小部落にハタを織る若い女がいた。
たまたま弘法大師が立寄って喜捨を乞うたところ、女はこころよく接待した。
七日後も女はいま織っていた白布を惜しげもなく切り裂いてさしだした。
大師は感激してその理由をたずね、女の願いを聞いて哀れに思い、その家に留まり、千手観世音を刻み、女を得度させて潅頂を授けた。
すると女はたちまち即身成仏して観世音菩薩(千手観音)に化身した。
そこで大師はこの地に堂宇を建立し得度山切幡寺とした。
潅頂院の院号も、またご本尊が二体あるのもこの縁起に由来する。

ご本尊は女人済度で名高く、女性の信者が多いそうです。

国の重要文化財に指定されている「大塔」は、もともと豊臣秀吉が大阪の住吉神宮寺に寄進されたものでした。
その後の神宮寺の廃寺にともない、10年かけて移築したものです。
とても立派な「大塔」ですので、一見の価値はあります。(ちょっと階段をのぼるけど・・・)

「大塔」は本堂より高い場所にあり、さわやかな風が渡っていました。
この山を登ってきたのだと、実感できました。
麓には遍路用具店があって、門前町になっています。