ライブ、労働共に忙しい3ヶ月。時に身を任せただけならばあっという間に過ぎ去る日々だったが、私としては充実を感じたり、考えたり、悩んだりした3ヶ月でもある。蛇口から垂れ流された水が排水口へとのみ込まれるかのような、時が無駄に過ぎて行く感覚はなかった。ま、良い意味で好い歳になってきたので、全てをポジティブに捉えられるほど若くはなく、全てをロックンロールの一言で片付けて単純化したくもなく、時には今座っている椅子の心地に疑問や焦りを感じるが、何故か不安だけは感じぬ年頃。
すなわち……。
「おっさん」と化してきたのだ。

〈すげぇや Chakaちゃん〉 
 盟友メロディオン鈴木とカルボーン佐藤とマタニティー五十貝のマタニティー五十貝ことChakaちゃんが企業をした。「企業」なんて言葉はYouTubeの中のアッパー系若者だけがやることだと勝手に思っていた。が…そんなことはなかった。そして身近にいた(笑)。Chakaちゃんはイベントスペースとホテルの経営を始めた。プレオープンの日に我々も向かい祝った。彼女を応援するたくさんの人が集まりメロカルマタも演奏し盛り上がった。Chakaちゃんは屈託のない笑顔の持ち主だが、その裏ではかなり考えての企業だろう。
だが彼女のひらめきと行動は、常に夢物語だけにしない力強さがある。
一友人として心から嬉しく思い、心から応援をしたいと思う。
 そしてこの日はメロカルマタの初アルバムのリリース日でもあった。良い意味でやっとだ。嬉しいくらいにやっとだ。私はずっと、彼らが何故アルバムを作らないのだろうと思っていた。だが人様の時の流れなぞ、知る由はない。機が熟したのが今なのだろう。そんな三人の想いが詰まった温かいアルバムだった。まるで自分のことのようで嬉しくてしかたなかった。
皆、買うべきだ。
改めて、リリースおめでとう。

〈Ann〉
 Annことスミさんと「Ann×てらしましんご」としてデュオライブをした。スミさんは数少ない「一緒に演ろうよ!」と私を買ってくれる稀有な存在だ。私の人生で、共に音楽演奏を求められた回数は……5本の指を必要としない(笑)。まあ、そんなに上手くはないので仕方はないが。それはそうとして、そんなオファーに対しては全力で取り組む。私が完全伴奏だったり、上モノになったり、スミさんの曲だったり、私の曲だったり。しかもスミさんはギターもギリシャブズーキも演奏して歌うため、けっこうなバリエーション豊富な楽器の組み合わせが出来ることもこのデュオの魅力。
 今回の二人のリハと本番で驚かさせられたのは、やはりスミさんの歌だ。彼女は今ボイストレーナーになるべく勉強をし、アウトプットもしている。今までも素晴らしい歌声だったが、その歌の魅力がさらに増している。傍らで弾く私は、それに触発されながら演奏。彼女の覚悟と力強さを、今までにないくらい感じた。
いやはや…凄い。

〈Black & Blue〉
 10月某日、吉祥寺はブラック&ブルーにてファニートリップの企画に出演。大所帯のファニートリップと対バンするのは初めてだが、大好きなバンジョー旭くんとアコーディオンのMisatoさんとは気心は知れているし、大所帯バージョンの演奏は一度観ているので楽しみにしていた。さらに対バンは我々のアルバムの絵を描いてくださった貴子さんと来たもんだから、個人的には緊張は愚か、ハレの日でしかなかったことは言うまでもない。
 ファニートリップの旭くんが書く曲は「想像上の20世紀初頭の欧州」。我々しんごとひでこの「想像上」という在り方は共通しているが、彼らは我々より遥かにお洒落な音楽で心地好い。大所帯になってフィドルやマンドリンやコントラバスが入ったことで、その輪郭がさらにハッキリしたことはファニートリップのサウンドの大きな魅力ともなっている。本番も渦巻く音はけっして聞き手をおぎざりにせず巻き込んで行く、ちゃんと計算された音楽で素晴らしい。よくこれだけのことをコンポーズ出来るなぁと感心する。
 貴子さん……。何度も書いたが、私は彼女の書く詩と彼女の歌がかなり好きだ。短い一編の小説のように描写されたイメージは、言葉となり歌が響き、思いが風にたなびく。シンガーソングライター全とした貴子さんの佇まいは、年々磨きがかかり、この日も私を魅了した。
 昼間のライブということもあり、終わってから打ち上げをした。濃いミュージシャンたちとの会話はずっと濃いワケではない。時にはレモンサワーのようにライトなテイストの会話も楽しい。特にコントラバスのうのしょうじさんは、その燻銀なプレイからは想像つかぬほど楽しい御人。演奏中だけ見ると、絶対話しかけられないオーラを放っているのだが、アフターは誰よりもウィットに富んだ会話が面白くて仕方がない。
嗚呼、いいなぁ…と、人間っていいなぁ…と
ただただ感嘆した日。

〈パンクばかりが音楽ではない〉
 11月某日、労働の出勤時に車のタイヤがパンクし、ロードサービスを使った。ビスが刺さったという、よくある残念パターンなのだが、この修理してくださった方の手際の良さに目を引いた。到着してから15分もかからず作業が済んだのだ。思わず言ってしまった
「もう終わったんですか?」
失礼極まりない(笑)。
さすがはプロ!!
しかしながら、労働先の駐車場までタイヤが保ったこと、事故にならなかったことは不幸中の幸いで、今年の運を全て使い果たしたような気がした。

〈アシッドフォーク〉
 11月某日、ナカニシタカアキさんの誘いで小田急相模原はエルトピートにて演奏。エルトピートは8年ぶりの出演でステージの位置や機材も変わっていたが、気さくなマスターの姿はお変わりなく、ホッとした。ナカニシタカアキさんも久々で、何気に2年くらい前に私はナカニシさんのアルバムのレコーディングに参加しており(現在制作進行中)、そのレコーディング以来ナカニシさんの歌声を聞く。飄々とした気さくなお人柄は変わらずで、良い意味でフワッとした雲のような方なのだが…。歌い出すとその演奏への没入感は常軌を逸していた。それは単純に集中力とは違う。表現しづらいのだが……。歌っている時のナカニシさんの眼前のお客さんは、ナカニシさんの眼に写っておらず、ナカニシさんの眼には自分の歌っている世界が広がっているだけだった。それは観ている方ならば容易に分かる。そして、そのような集中力を持てることが如何に難しいかは、同じ演者として分かる。改めてナカニシタカアキさんの素晴らしい演奏には拍手しかなかった。

〈Machida Music Summit〉
 11月某日、町田はArmyにて数年振りの“Machida Music Summit”を開催した。メロカルマタのイサムくんと私が中心となり幾度か開催したこのイベントは「町田で我々も観たい、演ってほしいミュージシャンを呼ぶ!それを町田の皆に楽しんでもらう。」を理念としている。流行病の期間もあって数年は休んでいたが、今年はと思い、私もイサムくんも気張った。ゲストは広島の盟友しーなとシュウ。私もイサムくんも気張らないワケがない。しかしこのデュオを呼ぶなんて……大きく出たなと思うが(笑)。
 あれこれ準備したり、イサムくんやArmyのスタッフと打ち合わせをしたりした日々も束の間。待ちに待ったこの日がついに来た。ここでの心配はお客さんの入りだ。しかし蓋を開けると来るは来るは!!!これはイサムくんのおかげだ(本人は「俺は何もしてないよ」と言っていたが、んなことはない。)満席となった。
 けっして狭くないお店がギュウギュウとなる中、メロディオン鈴木とカルボーン佐藤とマタニティー五十貝の三人が、この日の火ぶたを切った。レコーディングを経た三人の演奏はキレッキレで、曲を増すごとにお客さんのノリがドンドン良くなって行く。
誰だ?音楽は配信だけで充分って言った奴は?お客さんも生のライブを欲し、音に身を揺らし、ノッているじゃないか。
 二番手は我々しんごとひでこ。我々の偽欧州中東民謡に馴れて来た町田の皆様。このよくわからぬ我々の音楽にもノリノリだ(笑)。最後にゲストのしーシュウのお二人とChakaちゃんを呼んで「ヴォルガの流れは知っている」を演奏。演者、お客さん、お店のスタッフ、全員「ライライ!」と歌ってくる熱狂ぶりに感謝だ。
 そして最後はしーなとシュウ。今回お二人は車でのロングツアーということもあり、この日は折返し手前だとか。様々な現場を様々なハコやステージやシチュエーションを歩んで来たお二人…。町田の熱狂ぶりをいとも簡単に自分たちの演奏の虜にした。さすがとしか言えない。格が違うことは最初から分かっていたが、こうマザマザ見せつけられると……。もはや感動でしかなく、実際に我々もメロカルマタもお二人の演奏に心を奪われる一観客と化していた(笑)。だが、この雰囲気を意図したMachida Music Summit である。
「町田で我々も観たい、演ってほしいミュージシャンを呼ぶ!それを町田の皆に楽しんでもらう。」
大成功だ。
 遥々広島から安芸の風を、いや疾風を運んでくださったしーなとシュウ。お二人は我々より一世代上、演奏楽曲も超一流だ。にもかかわらず、お二人は若輩者の私たちに対する礼節は忘れない。先輩風を吹かすようなことはなく、素晴らしい音楽でそれを返答してくださる姿に、私たちは大きく感動し同時に感謝した。
また、このイベントをやるにあたり町田の盟友である、ヤッさん、イサムくん、Chakaちゃんたちの協力と演奏は心強き大きな存在。心から感謝だ。
そして会場とさせていただいたCraft Beer Kitchen ARMYのスタッフの皆様、ご来場の皆様、本当にありがとう。この企画が大盛上がりだったのは、皆様のおかげである。

誰だ?音楽は配信だけで充分って言った奴は?(笑)

〈友よ〉
 ライブのことばかり書いているので、どう見ても脳天気な40代後半にしか見えないだろうが、実生活は実生活でバタバタしていた。流行病の自粛も緩くなりライブが出来ることは嬉しいが、同時に労働先も忙しくなった。ことに10月以降は早出や残業や仕事の持ち帰りも多く、思うように個人練習の時間を確保出来なかったり、続けていたピラティスも毎日出来なかったりした。寝る時間を削って何とかするも、それが疲れに直結。心も身体もスッキリしない毎日。労働と音楽と生活を共にするということの難しさを久々に実感。
 本来の私は時間をユルリと使うことを好む人間であり、忙しい自慢を好む人間にはほど遠い。趣味はボーッとしながらタバコを吸うこと。赴くままに楽器を弾いたり、本を読んだり、映画をみたり、と計画性なく過ごすことを好む。
が……。
あたり前だが、こう忙しいとそんな時間の使い方は許されない。ってか、普通の社会人はそんな生活は許されない。甘えん坊将軍的な発想が根底にある私は、表向きは体裁を整えて生きてはいるが、底の底は基本腐った桃源郷生活を夢見る持ち主。私のような輩が社会主義国に存在したら、即効手を抜いて生きるに決まっているだろうし、私のような輩がたくさんいたから崩壊に至ったのだろう。
ということは私の腐った考えを律しているのは、資本主義社会ということか?
それはさておき(笑)、予定の詰まった毎日を窮屈に感じてしまう私がいる。
それでも思う、楽器練習だけでなく楽器と向き合う練習以外の時間が欲しい(しかも5本分)。本を読みそれを噛み締めながらタバコを吸いたい。頭を空っぽにして詩を書き、曲を書く時間が欲しい。
まったく…時間を無限に欲しいという学生以下の腐った悩みだ。(もはや学生以下に失礼だな…笑)
 12月某日、Machida Music Summit でキーボードを借りたChakaちゃんにキーボードを返しに行った。パッと返してパッと帰るのかなと思っていたが、何となく二人でMachida Music Summit を振り返る話をしたり、Chakaちゃんの新しい事業の話を聞いたり、メロカルマタのレコーディングの話を聞いたり……
タバコを吸いながら小一時間話した。
しかもシラフで(笑)。
友と何の気なしにした会話。これだけでずいぶん窮屈な心がなぜだか軽くなった。(あたり前だが、私の腐ったリアル胸中は恥ずかし過ぎて伝えていない…笑)
だが、こういう時間大切なんだなよな。
窮屈だからこそありがたい時間。
友よ、申し訳ないくらいにありがとう。
そして…。
再び忙しい毎日に突入する脳天気な40代後半の私だった。

〈圧倒される大人たち〉
 12月某日、毎年この時期になると我々しんごとひでことメロディオン鈴木とカルボーン佐藤の4人で某幼稚園のクリスマス会で演奏をしている。なんと今年で10回目、10年もやらさせていただいている。よく考えると、最初に演奏を観て戴いた園児たちは中学生ないし高校生になっているだろう。果たして我々のことを覚えているだろうか?たとえ覚えておらずとも良い。その時に、その場で楽しんで戴いただけで充分だ。そして今年もおじさんおばさん4人は全力で演奏し、園児たちの元気に圧倒されるのだった。
それは毎年同じであり、恒例である。

〈町田ラストライブ〉
 12月某日町田カフェ・ガレスピーにて、町田の酔いどれ天使柴田さんの企画に我々も出演。対バンはHOLSTERS のTOMOくんと久々の天野ともみちゃん。この日のトップバッターはともみちゃんで、ギター二本、キーボード、カホンと初めて見る大所帯編成。変わらずポップでキャッチーながらも、立体感あるバンドアレンジと各メンバーの演奏力が唸るステージ。
二番手はTOMOくん。ギター一本だろうとバンドだろうと、歌の魅力が1ミリたりとも損なわないTOMOくんだ。フランクに弾き語り、聴き手に安心感を与えながらもちゃんと詩と歌で惹き込んで行くのは、さすが!
 そして最後は我々。今年最後の地元ライブということもあり、それなりに気合いを入れていった。演奏自体も悪くなく、ノリはむしろイイ、お客さんの反応も良好。
だが……
私だけが、しっくり来なかった。理由はあきらかだ。ライブを演っているにもかかわらず、今年の新曲は一曲だけで後は旧曲。
やはりここで思う。
新しい曲が欲しい。
曲を作る時間が欲しい。
いや……
無い時間に甘えているだけなのかもしれない(笑)。

〈瓢箪ランプの灯りの下で〉
 12月期某日、今年のしんごとひでこのライブ納めを初めて演る国立地球屋にて演奏。「瓢箪ランプの灯りの下で」という、瓢箪ランプ作家の作品がライブバーに飾られたシチュエーションは実に幻想的だった。対バンは「アナコンダ」「しげとよ」。アナコンダは初対バンだったが、ギターの北澤さんは私の労働先の別部署の労働者で、何年か前から共演を試みていたが予定が合わず、やっと実現した。SNSでアナコンダは見ており「イカシたアメリカンロック」の認識だったが……。
生で観るアナコンダは、SNSで見るよりも遥かにカッコイアメリカンロックを昇華したバンドだった。北澤さんのギターも、信じられぬほど上手い!
ほぼ同年代で、ここまで70年代米国音楽を取り込んだバンドは初めて観た。
 しげとよとは、今年2回目。9月の吉祥寺のライブで対バン済み。ピアノトリオに今回はペットも加わっていた。しげとよは初期トム・ウェイツのようにジャジーで流れ者のようなアメリカンビートニクサウンド。
どちらも演奏達者で曲も最高なアメリカン由来の中の我々。
フォーク亜流、民族音楽亜流の我々は完全に蛮族的な立ち位置だっただろう。そんな空気を物ともせず演ることは慣れている。今年最後のライブということもあり、我々らしく落ち着いたりバタバタするライブだった。
こうして、今年の我々のライブは終了した。

〈ペイガンズ〉
 年末、久々にペイガンズのリハーサルを2回こなす。1回はバンマス千尋さんとマンツーの確認リハーサル。2回目はバイオリン続木さん、新ベーシストキョウコさんとのリハーサルだった。
1回目…
千尋さんとスパイシーなランチを舌鼓した後、リハーサルをした。新曲は2曲。そのうちの1曲の合わせに私は難航した。曲は四分の四拍子だが、私が弾くパートだけ八分の十四拍子(笑)。もちろん練習はした。したんだが…。
できなんだ。
千尋さんもその拍子の捉え方のアドバイスを丁寧にくださったが、その場では何となくしか出来なんだ。
悔しいにもほどがあるを通り越して、不甲斐ない。
練習することだけが取り柄の私は、弾けなかった結果しか残せなんだ。
それから5日後に4人での合わせだ。
何とかしなイカン。
何度も反復しながら、分析し、ポイントを考えた。
曲は四分の四、私のパートは八分の十四。ということは、足で四分の四でリズムを取りながら、右手は八分の十四を弾くというポリリズム、私が弾く頭のフレーズは2回目弾く時は裏拍を行くということは………etc。
やっとコツを掴んで4人の合わせに間に合うことが出来た。ホッと安堵。
 新ベーシストキョウコさんとも初めて会い、手合わせ。リッケンバッカーを持ち、ゴリゴリした音を放つキョウコさんのプレイは、優しそうなお姿からは想像てきぬほどアグレッシブさとドライブ感が最高!
リハの合間にキョウコさんの音楽ルーツをお話しさせていただいた。EL&Pからユーロロックの話しまで通じ、かなり嬉しい。新しい出会いがあった年末は忙しさのご褒美か?。来年のペイガンズのリハーサルと本番が楽しみで仕方がない。

〈忘却と忘年会〉
  ライブも納め、リハーサルも納め、労働も納めた。そんな中、旧友は三輪二郎から連絡があり急遽呑む。
 「肉のやまなか」へ妻と呑みに行ったところ。アンクルパインの松波さんとバイク乗りのイッキさんに遭遇。コロナ以前振りだったので嬉しくなり、ゆっくり語らう。

  2023年の最後の日は、フレームドラム制作者件プレーヤーの音鼓知振の久田さんと我が家で忘年会。我が家で11時間呑んでいたのだが、内訳は以下だ。

・呑み食い
・音楽談議
・セッション
・音楽談議
・紅白を観ながら音楽談議

久田さんは私と同い年なのだが、アラブパーカッションを演りながらも、中東音楽のみならず日本の旧ポップも詳しいため話しが盛り上がることが必然な人物。
来年は一緒にジョイントしよう、と決起しながらの3人でのセッションは実に楽しく。こういう時間が永遠に続けば…と思う大晦日の忘年会だった。

〈写真の中の靴下さん〉
 今年は色々あった。ライブやら労働は前述の通りだが、今年は長年一緒に暮らした猫の靴下さんが旅立ってしまったことは、我が家で最も大きな出来事だったことは言うまでもない。そんな猫の靴下さんは、たまに私の夢に出て来る。居た当時と変わらぬ日常の中で、靴下さんが普通に一緒に過ごす夢だ。だから目が覚めた時に、一瞬今が夢なのかさっきが夢なのか迷ってしまう。だが靴下さんが居なくなってからは、我が家には靴下さんの写真をそこかしこに飾っているため、その写真を見ると今が現実であることを残念ながら確信してしまう。
 時計の針が止まったかのような夢は少し残酷で、夢だと分かると一抹の寂しさが込み上げてくることに、私は今だ馴れない。しかしそう感じるのは、靴下さんと家族同然に暮らしていた事実があったからだろう。いつの日か、時の記憶も、記憶の温もりも匂いも、砂の如く風に散って行く日が来るのだろう。
散ればよい。
でも全て散ってほしくはない。
全てを思い出せずともよい。
断片でよい。
だから、せめてもの写真を飾るのだ。