さっき永山則夫の精神鑑定を6年ぶりに視てから、脱サラしてまで頑張って被災地で働く公務員を目指して挫折して心の温度が低いまま工場に再就職してから、モヤモヤした想いを抱えたままになっていた自分に、義侠心というか、熱き想いが湧いてきた。
こんな感覚、おそらく数年ぶりだ。
俺も何か社会のために微力ながらもう一度何かがしたいと思った。
永山則夫の死は無駄じゃなかった。
いま、こうして私がそういう気持ちになったことはおそらくその証明であると信じたい。
第2の永山則夫を生まないための社会づくりがいまを生きる我々の責務と考える。
社会を良くすること。
睡眠・栄養・愛情・豊かな心を育む教養。
子供たちに必要な絶対条件。
これが整ってなかったから永山則夫も西鉄バスジャックも生まれてしまった。
だから、我々大人たちがもっともっともっと社会を良くしないと。
俺、頑張ろう。
東日本大震災があった時と似た感情だ。