柳橋も含めた火盗改隠密会議により、上方仕事人一味を迎え討つ体制が決定した。

 

日が暮れ次第大和屋夫婦と娘のおはるを深川の平蔵宅に移動させる。

店の者には家族での食事で一刻もすれば帰宅すると伝える。

伝言が終わった時点で手引きと思われる良三を引っ捕らえ確保し大和屋から遠ざける。

平蔵以下火盗改の面々は大和屋で一味を待つ。

首藤も長七郎もそれに加わる。

利一の腕を良く知る長七郎が欠かせぬとの判断からだ。

 

念を入れ平蔵の役宅には火盗改の中でも有能な杉田、藤本が張り付いて警護に当たる事になった。

誰にも知られない筈だが平蔵と長七郎の思惑が一致し大事を取ったのである。

 

やがて日が暮れ町が闇に包まれた頃大和屋一家が三台の籠に分かれ深川に向かう。

行ってらっしゃいませ、という奉公人達の声が聞こえる。

その奉公人の列の中から一人の男が外れて籠の後を尾行始めるのが見えた。

良三である。

平蔵の部下の佐嶋が後を追い闇に消える。

 

それから一刻程経過し、平蔵、柳橋達火盗改の面々、長七郎、首藤が大和屋邸内に入り配置に付く。

否が応でも緊張感が高まる中、良三を尾行ていた佐嶋が戻って来た。

「佐嶋、どうであった」

平蔵がどっかりと腰を下ろしたまま問う。

「やはり睨んだ通り利一の仲間でした。大和屋夫婦が長官(おかしら)の役宅に入ったのを確認してから引き返す途中で捕らえ吐かせました」

「この短時間で良く吐かせたな。どういう手を使った」

「拷問しても吐くほど甘くは無いと見て特殊な手を」

「何だそれは」

「ええ、身体のあらゆる所を···くすぐりましてございます」

「あぁ、気の毒にな。佐嶋のくすぐりは天下一品。誰でも悶絶し呼吸困難になる」

「ありがとうございます。奴も呼吸が出来ずあと少しで命を落とすところでございました」

「くわばらくわばら···

おどける様に肩をすぼめる平蔵である。

 

改めて各自が持ち場の確認。

佐嶋が木戸の裏に控えて一味を引き込む役目だ。

後は締め切った雨戸の裏に控える。

 

暗闇の中時間が過ぎて行く。

誰もが身動き一つせず全身の感覚を研ぎ澄ませている。

時折聞こえていた町を彷徨く酔っ払いの声も聞こえなくなって久しい。

「柳橋殿。ちょいとええか。気になる事があってのぅ」

長七郎が柳橋の袂を掴んで話しかける。

「何じゃ一体···」

柳橋が長七郎の方に向き直った。


一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

不意に木戸を叩く乾いた音が響いた。

暗闇の中で全員の緊張が高まるのが分かる。

佐嶋が無言で閂(かんぬき)を外した。

 

「すっかり寝ている様だな」

小さな声が聞こえた。

ざざざっと賊が展開する音が響く。

「むっ、お前良三じゃあないな!」

突然鋭い声がする。

 

「よし行け」

平蔵の合図。

一斉に雨戸が開け放たれる。

「火付盗賊改、長谷川平蔵である!」

雷の様な平蔵の大声が轟く。

わあっと鬨の声が上がり壮絶な捕物が始まった。

しかし賊の剣が次々に火頭改の面々を襲う。

致命傷にはならないものの、数名が斬られた。

「容赦せんぞ!」

首藤の声が響き長髪が踊る。

「首藤!気を付けろ!こいつら中々に強い!」

柳橋が斬り合いの最中に叫ぶ。

確かにあの柳橋でさえ打ち倒せずにいる。

仕事人と名乗るだけはあるな、と平蔵が動き出す。

賊は三名。

対等にやり合っているのは柳橋、首藤くらいのものだ。

後は軽くあしらわれている。

斬り合いの輪の中に平蔵がずいっと割って入った。

 

 

 

つづく