『間違いない。再び俺と三國屋の娘の目の前で今の親である大和屋夫婦を殺害し心に止めを刺す気だろう。利一のやりそうな事だ』

大股で歩きながら長七郎は考えた。

 

大和屋に内通者を送り込む為にどれほどの労力を使ったのだろうか。

そもそもそんなに簡単に調べが付くものなのだろうか。

取り敢えず鬼平殿に知らせなければ、と本所菊川に向け歩を進める長七郎である。

 

大和屋から出て小伝馬町に向かおうとしたところであの娘、おはるがやはり物陰からこちらを見ている事に気付いた。

 

長七郎が一旦向きを変え、おはるの方に向かう。

「おい長七郎」という首藤を制し、一人でおはると対面する。

 

「あー、そのー、何じゃ、この前は驚かせて済まなかったのぅ」

頭をかく長七郎。

それを見て身を引くおはる。

目に怯えがある様に見える。

「お前がどう思っとるか分からんが・・・わしの事が分かっとるよな?嫌な事を思い出させてしまったとしたら申し訳ない。だが今度こそお前を守ってやる」

怪訝そうな顔のおはる。

その表情からは何も読み取れない長七郎である。

「信用ないか。ま、しょうがない。兎に角自分を大事にな」

 

それだけ言うと長七郎は大和屋を後にしたのである。

 

「何だ長七郎。あの娘を知っておったのか。容赦せんぞ」

首藤が歩きながら話しかけて来る。

「うん・・・江戸に出て来て数年経った頃にな。俺の若さ故のしくじりというか実力不足というか」

「何だそれは。容赦せんぞ」

「まぁ俺の心から抜かなければならない棘だ」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「分からなくていいよ」

「ならもう聞かん」

そう言うと更に歩みが早くなる首藤と長七郎。

 

小伝馬町の牢屋敷を左に眺めながら進み、宿が立ち並ぶ通りを抜けると浅草御門に辿り着く。

ここを右に折れ両国西広小路に到達すると長さ九十六間の両国橋を渡り大川を越える。

そのまままっすぐ狭い路地に入ると回向院が見え、これをまた右に折れて竪川に架かる橋を渡り右手に水戸殿の石揚場や御船蔵を眺めながら左にある五本目の路地に入る。

そうすると六間堀川の北乃橋、五間堀川の伊予橋を渡り左手に見える越後新発田藩屋敷を過ぎ、辻を一つ越えるとそこが長谷川平蔵の役宅である。

 

「よし、でかした」

長七郎と首藤の報告を受け、平蔵は膝を叩いた。

 

「おっつけ柳橋もこちらにやって来るだろう。どの様に迎え討つか早急に決めなければいかんな」

「利一は頭も切れ、剣の方もかなりの腕前。心して掛からねば犠牲者が出ますぞ」

長七郎の言葉に平蔵が頷く。

「先ずは大和屋に潜り込んでいると思われる、恐らく手引き役の良三を捕らえなければならん。しかもぎりぎりまで待ってだ。その後速やかに一家を匿う。誰にも見られぬ様にだ」

「鬼平殿。もう一点、気になる事が」

「何だ。申してみよ」

「実は···」

長七郎がおはるの事を伝える。

 

「確かに偶然にしては出来すぎた話だし態々探したというのも俄には信じられんな」

話を聞いた平蔵が腕を組んでふーむ、と唸った。

「よし分かった。急いで調べさせよう。何やらきな臭いわ」

平蔵が立ち上がり同心の佐嶋を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

つづく