翌日から長七郎は首藤と組み、江戸市中の大店を一軒一軒廻り始めた。
柳橋、長谷川との話し合いにより全ての大店を巡り使用人の様子を探る事にしたのである。
人手が多ければ多いほどいい、と長七郎も調査をかって出た。
素浪人の様な形(なり)の長七郎では相手にされないのでは、と心配した長谷川と柳橋が一筆、書面をしたためて『この男、火盗改の手の者に付き協力を願う』旨がすぐ相手に伝わる様に計らってくれた。
一日目、二日目と巡り巡って怪しい者には行き着かず三日目。
火盗改の面々に焦りの色が浮かび始めた曇りの日。
長七郎と首藤は日本橋に居た。
この辺りは大店が集中しており、三組の火盗改の面々が調査に走り回っていた。
長七郎と首藤が伊勢堀と竜閑川に挟まれた町の中の特に大きな大和屋を訪れた時であった。
長七郎は久々に髪を調え、無精髭を落とし、いつもよりは綺麗な形(なり)で店の主人に聴き取りを行っていた。
「ええ、最近ねぇ。最近最近···」
主人が視線を斜め下に移し、暫し考える様な素振り。
「旦那様。良三は入って一年ちょっとでございますよ」
算盤をぱちりぱちりと弾いていた番頭が声を上げた。
「おお、そうだな。確か奴は京都の出だったか」
「左様でございます。まだあちらの訛が出るので奥で整理などする事が多いですが」
首藤が割って入る。
「その者は真面目に働いているのか。容赦せんぞ」
「容赦せんぞって···あぁ、至って真面目な男ですよ。算盤も出来れば力もある。筋もようございますよ」
「何か気になる事はないか。例えば誰か訪ねて来る事が多いとか外出が多いとか」
「うーん。ついこの間上方の友人、とか言う方が見えて少々ですが外に出た、その位ですかね。それ以外は他の使用人と何も変わりませんが」
「長七郎」
首藤がこちらに視線を寄越した。
軽く頷くと「邪魔したな主人。時間を取らせてしまって済まん」と言いながら踵を返そうとした長七郎がある事に気付いた。
「・・・」
屋敷内の柱の陰からこちらをじっと見ている者があるのだ。
そちらへ顔を向けるとその者はさっと顔を引っ込める。
『あれは···浅草の小辻でぶつかりそうになった···』
「ああ、今のは娘のおはるですよ」
長七郎の視線の先を見た主人が察した様に言った。
「まぁ人見知りの激しい子でして。何しろ生まれてから一度も口を開いた事が無いのですから」
「唖(おし)なのか」
「いえ、お医者様が言うには耳も聞こえている様だし喋れるだろうと。ただ心の中の何かがそれを邪魔しているのでは無いかと」
「ふーん」
続けて大和屋の主人が思いも寄らぬ事を口にした。
「こんな事を言うのも何ですが、あの子は小さい時分に目の前で両親を殺されておるんです。ええ、私らの本当の子ではありません。友人の子なんです。その時の下手人をあなた方のお仲間の火頭改の皆さんは捕らえる事ができなかった。逃がしてしまったのですよ。もし捕まえていれば今頃あの子もちゃんと話が出来て嫁にも行っていたかも、と思うと不憫でねぇ」
少々火頭改への不満とも取れる口調だったが事実を聞かされて長七郎は思い当たった。
「主人、済まぬがその殺された両親というのはもしや三國屋の・・・」
「ええっ!よ、良くご存知で」
大和屋の主人が余程驚いたのか目を大きく見開いて長七郎の顔を凝視した。
つづく