転がった二つの骸を一瞥すると利一の後を追い屋敷内に入る長七郎。

『何処だ何処だ!』

広い邸内を走り抜け障子、襖を次々に開け放つ。

 

と、障子が開け放たれたままの部屋が目に入った。

用心深く覗き込むと行燈に照らされる利一の横顔が見えた。

そして足元にはぴくりとも動かない人体が横たわっている。

恐らく三國屋の夫婦だろう。

「間に合わなかったか・・・!」

声に反応するかの様に利一がゆっくりとこちらを向いた。

「長七郎・・・。お前が来るとは意外・・・。あの二人を倒すとはな」

遠くで呼子の音が響くのが聞こえる。

「やけに手が早い。まさかお前が?」

利一の顔が歪む。

「そう。私が田沼様に遣いを出した。ここ数年の強盗を色々調べて頂いたのも田沼様だ」

「ただの世間知らずの青二才だと思っていたが・・・意外に勘が働く様だな」

「田舎者だと思ってましたか」

「僅かに京訛りがあるからな。江戸に出て来て名を上げようという時代遅れの剣術使いかと思っていたがそうでもなさそうだ・・・そもそも田沼と繋がりがあるとはな。お前という人間に興味が湧いたが時間がない。一気に行かせてもらうぞ」

「そうはさせん。この場で捕まってもらう」

「俺にそんな口を聞いたのはお前が初めてだ」

そう言うと利一が斬ってかかる。

『むっ!』

 

行燈がばさっと倒れ長七郎の着物の袂が切れた。

『速い!ちょいと暗いとは言え刀の軌道が見切れなかった!』

身体が自然に反応して何とか刀を避けただけだ。

行燈の炎が静かに障子に移り二人の顔を照らす。

 

「ほう・・・俺の一の太刀を避けるか・・・。そんな奴も初めてだ・・・

利一がじりっと間合いを詰める。

長七郎が虎徹に手をかける。

「得意の居合か?どれだけ速いのか興味があるぞ。見せてみろ」

利一が無造作に長七郎の間合いに足を踏み入れた。

「むん!」

炎さえ切り裂く様な高速の抜刀。

が、利一がこれを受け止める。

両者の刀がぎりぎりとせめぎ合う。

「!」

「なるほど、確かに速い。並の使い手ならば一撃だな」

お互いに一旦飛び退く。

『この利一という男、只者ではない!下手するとやられるぞ』

長七郎が神経を昂らせ、警戒心を引き上げる。

その時、利一と長七郎が同時にある事に気付いた。

夫婦の部屋を仕切ってある襖が開いて小さな子供がこちらを見ているのだ。

『これが・・・妻が言っていた口のきけない子供・・・!』

長七郎と利一、同時に子供に向かう。

利一は斬るため、長七郎は守るため。

長七郎の方が速い。

一瞬早く子供に手が届き、自分の胸元に引き寄せる。

更に足に力を込め、利一の剣撃から逃れようとする。

が、背中に鋭い痛みを感じる。

『斬られた!くそ!』

ごろごろっと転がりながら利一の位置を確認。子供を背に虎徹を抜く。

目の前に振り下ろされた刀が見えた。

それに反応して打ち返す。

その速さに利一が驚愕する。

『何という反応速度!恐るべし長七郎!』

一方の長七郎は身体の違和感に戸惑う。

『背中が上手く動かん!が、構っていられるか!』

剣撃の応酬に飛び散る鮮血。

長七郎の背中からの出血だ。

「ぬあっ」

利一が刀を落とし手首を押さえた。

長七郎の虎徹が浅くだが利一を捉えたのだ。

身を翻す利一。

『奴は放っておいても死ぬ!子供も俺の顔など忘れてしまうだろう。今はここから逃げる事が専決!』

迫り来る御用御用の声に即断即決の利一。

「逃がすか!」

長七郎の追撃。

だが虎徹は僅かに利一の背中を掠めただけで長七郎はその場に倒れ込んだ。

炎の向こうに消える利一。

「くそ、この童だけは逃がさんと・・・」

 

やがて三國屋に辿り着いた火頭改の面々の前に子供を抱いた血だらけの長七郎が炎の中から現れ倒れこむ。

町火消しも到着し騒然とする現場の中で意識を失う長七郎。

『軽舞利一・・・その顔、決して忘れんぞ・・・』

 

長七郎の剣術人生において、まともに打ち合って逃したのは唯一、この軽舞利一だけなのだ。

 

 

 

 

つづく