「あれが今回の狙い、三國屋の主人とその妻だ」
大きな商店が見渡せる物陰で狩舞利一が長七郎に囁く。
材木問屋の主人と妻。
笑顔で道行く人々に挨拶をしている。
何故彼等を始末しなければならないのか。
当然の疑問を長七郎は利一にぶつける。
「人が良さそうに見えて人足に碌な賃金は払わねぇ、陰で高利貸しをやってたんまり儲けて何人も泣かせて死に追いやっているんだ。取引先も何軒も潰して乗っ取っている。その度にお払い箱になった連中が露頭に迷う有様だ」
「良く調べてますね」
「色々と耳に入ってくる様になっているのよ。そういう組織を作っているのさ」
何処か自慢げな利一である。
主人とその妻の顔をじっと見つめ、頭に刻む長七郎。
結局長七郎は仕事人とやらの組織に加わる事にしたのだ。
江戸の町が少しでも平和になればいい、そんな純粋な気持ちからだ。
「で、いつ?」
長七郎が尋ねる。
「今月中に使用人に暇を出す筈だ。奉公人の初登りに合わせてな。その日、屋敷が夫婦だけになった所を狙う」
「なるほど、他には危害が及ばぬ様にか・・・」
「そういう事だ。お前は朝と夕には夫婦に張り付いて居場所だけ確認しておけ」
「分かりました」
今一度夫婦の顔を見つめる。
とても人の良さそうな柔和な笑顔だ。
『そんなに悪どい人間には見えないが・・・まぁ人というのは裏の顔を持つものだ。取り敢えず言われた事を確実にやっておくか・・・』
そう思う長七郎。
その日の夕刻、長七郎は三國屋を再び訪れ遠巻きに様子を伺っていた。
早速の居場所確認だ。
辺りがすっかり闇に包まれ『そろそろ帰るか』と長七郎が思い始めた頃だった。
亥の刻から子の刻に差し掛かろうという時であろうか。
妻の方が姿を現し、何処かに向かって歩き始めたのである。
使用人も付けず一人で、だ。
『これは何かあるな』
と長七郎が後を追う。
相手に気取られぬ様に距離を置き気配を消す。
忍者相手にも気配を悟らせず尾行の出来る長七郎だが素人相手でも手を抜かないのだ。
やがて妻はとある神社にたどり着いた。
辺りを二度、三度と見渡すと履物を脱ぎ捨て手を合わせ本殿に向かって歩き始める。
『御百度参りか。さて、何を願っているのか・・・』
長七郎が音も立てず薮の中に座り込んだ。
つづく