田沼が身を固くした。

「尾行られている・・・だと?」

「ええ、間違いなく。こちらの命を奪う気満々ですね。凄い殺気です。あっ、振り返らないで」

「どうする。迎え討つか」

「恐らく人気の少ない柳原富士の辺りで来るでしょう。そこで対峙します。田沼様は樹の陰にでも隠れていて下さい」

「わしとて武士の端くれだぞ。隠れてやり過ごすなど出来るか」

田沼が淡々と答えた。

流石に肝が据わっている。

 

「お気持ちは分かりますが・・・言って良いのかな」

「何だ、言ってみろ。言いにくい事か」

「相手は暗殺専門の連中なのです」

「何だと!」

 

暗殺専門という事はそれは彼奴等が忍者だという事を示している。

つまりは幕府関係者に差し向けられた者という事になる。

 

「わしを狙う者が幕府内に存在するという事だな」

「まぁそうですね」

 

そういう勢力があるのは承知だが実際こうして形となって現れると驚きを禁じ得ない田沼である。

 

「次の角を曲がる時にわたくしが草履の紐を直すふりをして止まりますのでさりげなく後ろをご確認下さい。蕎麦屋に居た二人組の侍がいる筈です」

柳原土手は開墾された神田川沿いの土手なのでほぼ直線だ。

「侍の格好をしているのか!」

「普段は城内かそれとも奉行所などにお勤めしているのでしょう」

「なんと・・・!そういう連中も存在するのか!」

「恐らく」

 

あり得ない話では無いと田沼は思った。

普段はあくまで普通の武士として生活を送り、それとなく情報を集める。

そういう事を指図する連中が居てもおかしくない。

「長七郎、お前はなぜ奴らが忍者だと分かる」

「身のこなし、雰囲気、蕎麦屋で見た連中の手元。何度も対峙しているので分かります」

「何度も?」

「街中を歩いていると結構居ますよ。ははは」

「結構居るとは・・・」

田沼が呆れる。

「じゃあ止まりますよ」

長七郎が身を屈めた。

その一瞬、田沼が後方をちらりと見ると確かに二人組の侍が歩いており、さっと木陰に隠れた。

「あの二人か。確かについて来てる様だ。やれやれ忍者相手だと手を焼くな」

「手を焼くどころか。相手は殺しの職人です。一度狙いをつけると確実に殺りに来ます。そう訓練されてますから。恐らく奴らは今日暗殺を実行する予定では無かったと思います。思いがけず田沼様がお一人になったので急遽実行する事に決めたのでしょう。つまり私など眼中にないのでしょう」

 

「お前は実際のところどうなのだ。奴らを見てどう思う。勝てるのか」

田沼がずばりと聞く。

 

「さぁ・・・やってみなければ分かりませんが私が犠牲になったとて田沼様の御命は守れるでしょう。ご安心下さい」

『おいおい、大丈夫か、この男!』

田沼がごくり、と唾を飲む。

 

長七郎が言っていた柳原富士が近付いて来た。

木が茂り背の高い雑草が辺りを覆う。

 

「伏せて!」

長七郎がいきなり叫ぶ。

同時に金属音。

 

長七郎が抜刀して手裏剣を弾き飛ばした音だ。

 

「木陰に隠れて!」

そう言うと長七郎が振り返り後方に向けて地を蹴った。

機先を制し相手が二手に分かれる前に仕留めるつもりだ。

 

二人の暗殺者は戸惑っていた。

得体の知れない男を最初に仕留め、ゆっくり田沼を料理してやるつもりだったが強さの欠片も感じられない男が奇襲のはずの手裏剣を振り向きざまに叩き落とした上にこちらに向かって走ってくるではないか。

 

「迎え討つぞ。確実に殺る」

次々に刀を抜く二人。

長七郎、僅かに動きが俊敏で半歩早く間合いに入ってきた左の男に一の太刀を喰らわす。

続け様右手の男に刀を振る。

三人の男の命のやり取りが始まった。

 

 

 

つづく