私は人よりずっと「病気」が怖い。

ドキュメンタリーなんかで、
「まさか私が病気になるなんて……」という言葉を聞くことがあります。

でも私の場合は逆で、
「自分は病気に違いない」と思ってしまいます。


少し体調がおかしいだけで
「これは大きな病気なんじゃないか」と考えてしまう。

そして一度そう思うと、検索が止まりません。

「〇〇 病気」
「〇〇 がん」
「〇〇 初期症状」

検索して、怖くなって、また検索する。

病院にも行きます。
ひとつの病院で「大丈夫ですよ」と言われても、
「でも、見落としている可能性は?」
「まだ若いからちゃんと調べてくれてないんだ」と疑って別の病院を探す。


もちろんChatGPTへの相談は日課。
「重大な病気の可能性は低い」と何度言われても、
「でもそれは体が丈夫な人の話でしょ。私は違うし」
と、結局信用しない。


以前、運動をした翌日に背中が痛くなって病院に行ったこともあります。
当たり前に筋肉痛でした。
でもそのときは本気で「病気に違いない」と思っていました。


そんなことを何度も繰り返してきました。



ずっと「私は心配性なんだ」と思っていたけど、あるとき「病気不安症」というものがあると知り、「完全に私のことじゃん」と、妙に納得したのを覚えています。



私が病気を怖いと思うようになったきっかけは、父の死でした。


父は早くに病気で亡くなりました。
強くて恐かった父が、病気になって、だんだん小さくなっていくのを見るのは、本当に辛かったです。


それ以来、私の中で、「父がその病気になった」という事実が、
「私もいつか同じ病気になる」という感覚に変わってしまいました。

もちろん家族がその病気になったからといって、自分も必ず同じ病気になるわけではありません。

でも、不安になっているときの私は、頭で分かっていることより、
「でも、私もなるかもしれない」という感覚のほうを信じてしまう。

そして、そこから検索が始まります。

検索すれば、安心できると思っていた
最初は「ちょっと調べて安心しよう」くらいの気持ちでした。

父の死を経験しているからこそ、早期発見の大切さも分かっているつもりでした。

でも、インターネットには病気の情報がたくさんあります。
自分と似た症状を見つける。「これ、私と同じだ」と思う。

さらに調べる。
怖い症例を見つける。
「もしかして私も……」となる。

そしてまた検索する。

検索すればするほど安心するどころか、不安になる。

それなのに、「もっと調べれば、今度こそ安心できるかもしれない」と思ってしまう。

完全に負のループです。


病院にもたくさん行きました。

ひとつの症状で耳鼻咽喉科、内科、婦人科、整形外科……。
鍼灸に行ったこともあります。

診察を受けて、「大きな問題はありません」と言ってもらっても、
その時は安心する。でもまた症状が出た時に、
「本当に?じゃあこの痛みはなに?やっぱり病気だ!」となる。

別の病院へ行って、そこで同じように「問題ありません」と言われても、「でも、この検査では分からない病気だったら?」と考える。

ちゃんと診てもらっているのに、私の中にある
「何かあるに違いない」という気持ちが消えないのです。


ある意味認知が歪んでいるんです。

こういうところは、病気のことだけではありません。

私は昔から、思い込みが激しいところがありました。

例えば、子どもの頃。友人に「つむじが変だね」と言われたことがあります。

ほんの雑談です。

でも私はそれを聞いて、「私、禿げてるんだ」と思い込んでしまいました。

そしてなんと私は、小学生の頃に言われてから高校生になるまで、
シャンプーがちゃんとできませんでした。

ガシガシ洗ったら余計に禿げてしまう!本気でそう思っていたんです。

もちろん、実際は禿げていませんでした。
なんなら毛量は多いほうでした。

今考えると、「なんでそこまで……?」と自分でも思います。
でも、そのときの私は本気で自分が禿げていると思い込んでいた。


確証のない未来を想像して、それを事実のように信じてしまう。

昔からそういうところがありました。


だからといって、「心配性」だけで終わらせるのも、少し違う気がしています。そう思い込んでしまうだけの理由もあると思うからです。

私は昔から小柄で、太りにくい体質でした。
ネットを見ると、同じような体質の人はたくさんいる。
でも現実では、周りの女の子はダイエットをしている人が多くて、
「太りたい」なんて、なかなか言える雰囲気じゃない。


昔から、悪い意味で「自分は人と違う」という感覚がありました。


そういう小さな経験が積み重なって、
「人と違う=何かおかしいのかもしれない」
という考え方につながっていきました。

そこに体の不調が加わると、
「やっぱり病気だ」「病気に違いない」となってしまう。

自分の中では、自分なりの「根拠」があるんです。

だから、「考えすぎだよ」と言われても、
「そんな簡単に言わないでよ〜!」と思ってしまいます。


じゃあ、病気不安症は改善したのかどうか。
正直に言うと、今でも治ってません。

たぶんこれからも、何かのきっかけで不安になると思います。
年齢を重ねれば、更に今までとは違う体の変化も出てくるでしょう。
そのたびに、また心配すると思います。

なので、この記事は
「こうしたら病気不安症が治りました!」という記事ではありません。

「一緒にがんばりましょう」という記事です(!)

私自身もまだ試行錯誤の途中です。

「不安をなくす」というより、
不安があっても、そういう自分を受け入れて、
できるだけ長く穏やかに過ごすにはどうしたらいいんだろう?
と日々考えています。

同じように悩んでいる人に、「私もそう!」とか、
「こういう考え方もあるんだな」と思ってもらえたら嬉しいです。

だって「同じ人がいるんだな」と思えるだけで、
少し楽になりませんか?



そこで私が今やっている工夫のひとつが、
自分が納得できる「ここまで」というラインを作ること。

私は結局、検査を受けても受けても不安になる。
でも私の場合、胃カメラや大腸カメラを受けると、
「ここまで調べたなら、いったん大丈夫」と納得することがわかりました。


なので、2年に1度、内視鏡カメラを受ける。
その後は必要以上に検査を繰り返さず、定期的な健診を受けるにとどめる。

そんなルールを作りました。

内視鏡検査、正直めちゃくちゃ嫌です。
怖いです。
でも私の場合は、毎日毎日、確定しない不安に怯え続けるより、
一日だけ検査を頑張るほうが、ずっと楽でした。
今は鎮静剤で楽に受けられるしね。




病気不安症でたくさん病院に行っていると言うと、
「病気を早く見つけられていいことじゃん」
「健康意識が高くて偉いね」と言ってもらうことがあります。

でも、声を大にして言いたい!
絶対、病気不安症じゃない方がいい!


病院にたくさん行っているからといって、
必ず病気が見つかるわけではないんです。
(むしろ見つからないから病院にたくさん行っている人が多いと思う)

原因がわからないから余計に病気について考える。
頭の中は不安、心配。ストレス・・・

こんなの余計病気になるわい。

私みたいに心配で病院に行きまくるんじゃなくて、
気にしない人の方がストレスがなくて絶対いいと思う。

頭ではわかってるんだけどね…。


そんな病気不安症の私ですが、
病気のことを一切考えない人間になる必要はないと思っています。

体調がおかしかったら病院に行けばいい。
必要な検査を受ければいい。
(過度でなければ)心配すること自体は悪いわけではない。

「病気かもしれない」という不安だけで、今日一日を全部埋め尽くさない。

限りある人生を、不安だけで埋め尽くしたくない。

美味しいものを食べる。
好きな人に会う。
思い切って検査してみる。

弱い自分を受け入れて、
自分なりの対策を見つけていきたいです。

※この記事について
この記事は、病気不安を抱えている私自身の経験や考えを書いたものです。医療的なアドバイスや、検査・受診の必要性を判断するものではありません。

症状がある場合や、検査の頻度については、年齢や既往歴、家族歴などを踏まえて医療機関に相談してください。