筆者が調べた範囲では、マスメディアではまったく報じられていませんが、先週、東京地裁で重大な判決が出ました。判決が出た裁判は、さいたま市在住の男性が、昨年、国を相手に訴えた " 衆議院議員選挙供託金違憲訴訟 "。この裁判は 日本の民主主義が本当に機能しているか を見る重要な裁判でした。
 原告男性の訴えは「公職選挙法第92条が定める立候補要件としての選挙供託金制度は、憲法第44条但し書き --- 法の下の平等 条項 --- に違反している」とする内容でした。原告男性は供託金が用意できず、一昨年10月に実施された衆議院議員選挙への立候補を断念したゆえの提訴でした。

 そもそも、選挙供託金制度 とは《 地方自治体の首長選挙を含め、市議会議員選挙から国会議員選挙に至るまで、立候補するに当たって、候補者は一定の金額を法務局に供託しなければ、立候補することができないとする制度 》です。
 具体的には、市議会議員選挙の30万円から始まり、国会議員選挙では小選挙区立候補が300万円(!)、比例代表立候補が600万円(!!)という高額振り。重複立候補の場合は合計でナンと 900万円 !!!  しかも、供託金とは預け入れ金ですから、選挙が終われば戻ってくるかと思いきや、そうじゃありません。選挙によって違いはありますが、地方議員選挙や小選挙区選挙では、候補者が有効投票数の1/10以上を得票できなければ、供託金は没収され国庫収入となります。

 世界を見渡しても、これほど高額な選挙供託金制度を実施している国は日本だけです。実際、選挙供託金制度自体がない国が多数派で、同制度のある国は少数派です。しかも、制度のある国でも供託金額は小額です。議会制民主主義発祥の地であり、供託金制度発祥の地でもあるイギリスでは約9万円、そのライバル国だったフランスでは1995年に廃止、アメリカにもありません。
 日本以外に同制度があり、かつ、高額な国はお隣り韓国の約150万円が目立つくらい。こうした現況を見る限り、選挙供託金制度は、日本国憲法上、被選挙権が基本的人権の一つである参政権であることを考えれば、憲法が第44条でうたう 法の下の平等 に反することは明らかです。

 話を戻します。結局、東京地裁が示した判断は「選挙供託金制度は、泡沫候補の乱立を防ぐためであり、合憲」とするものでした。原告男性の敗訴です。原告男性を支えた弁護団もこの判決理由に驚きを隠せない様子です。
 実を言うと、これまで何度か、選挙供託金制度の合憲性を問う裁判は行われてきました。しかし、いずれも今回の裁判と同じ理由 --- 泡沫候補乱立を防ぐため という理由で、同制度は合憲とされてきました。泡沫候補の乱立を防ぐ とはいかにももっともらしい言い方ですが、果たしてそうでしょうか。

 一体 " 泡沫候補 " ってどういう意味でしょうか。泡沫 という言葉は はかない やら すぐに消えてなくなりそう という意味です。従って、泡沫候補 とは はかない候補 や すぐに消えてなくなりそうな候補 ということになります。ですが、ちょっと待ってください。
 そもそも、選挙とは私たちの代表を私たちの投票で選ぶ仕組みで、代議制民主主義を支える重要な柱です。ですから、どんな候補者であれ、選挙前から「あいつは泡沫候補だ」とされて排除されてはならないはず。否、むしろ泡沫候補だろうが、有力候補だろうが、形容詞はどうでもよくて、有権者である私たち自身が投票することで、候補者の中から代表者を選ぶことこそが代議制民主主義の本旨です。もっと言うなら、「泡沫候補かどうかを決める、それこそが選挙だ!」ってこと。次に 選挙供託金制度の由来 を検討していきます。  

 わが国で 選挙供託金制度 が始まったのは1925年(大正14)のことでした。カンのいい人なら、この時点でピンときたでしょう。そうです、選挙供託金制度は、わが国でいわゆる 普通選挙制度 が実施された時に、同選挙制度の一環として始まりました。いわゆる と言ったのは、この普通選挙制度は 25歳以上の男子のみに選挙権を与える制度だったから です。
 つまり、普通選挙制度とは言っても、納税額による制限が撤廃されただけで、女子は最初から対象外、という現代ではとても普通選挙制度とは呼べないシロモノでした。従って、正確には 男子普通選挙制度 と言うべきと考えます。

 1917年のロシア革命の衝撃はわが国にも伝わり、普通選挙制度を求める大衆運動 --- 大正デモクラシーが高まる中、貴族院議員を務めた 清浦圭吾 総理の内閣はこうした大衆運動が社会主義革命へと転じることを恐れ、やむなく男子普通選挙制度を受け入れたのでした。要は 大衆運動へのガス抜き だった次第。
 男子普通選挙制度導入の過程で、明治憲法上、主権者である天皇の最高諮問機関とされた 枢密院 の圧力により 1)被選挙権は25歳以上とすること、2)選挙供託金(当時で2000円!--- 現代の価値で約240万円)を立候補要件とすること、が加えられました。つまり、選挙権は成年男子に限って認めるものの、被選挙権は簡単には認めないぞ! ということ。なぜか。

 その理由は " 高額な選挙供託金を立候補要件とせずに被選挙権が広く認められれば、一般大衆からも衆議院議員になる人が数多く出てくることが予想され、そうなると、天皇を頂点とする皇族華族や資本家などからなる支配層は自分たちの地位が脅かされると考えたから " でしょう。実に分かりやすい 支配層の自己保身 です。結局、支配層はデモクラシー --- 民主主義を危険視していたのです。
 それまで納税額によって国民の選挙権&被選挙権を制限していた選挙制度を、男子普通選挙制度下においても事実上維持するため、高額な選挙供託金を被選挙権行使の条件としたわけです。まさに財産による身分差別です。

 当時の清浦内閣は選挙供託金制度の導入に当たり、その目的は " 泡沫候補が乱立することを防ぐため " としています。この 泡沫候補乱立を防ぐためという 制度趣旨は、今回の衆議院議員選挙供託金違憲訴訟における東京地裁判決の判決理由と同じです。ですから、今回の東京地裁判決は戦前同様の判決 --- 驚くべき反動的判決と言わざるを得ません。
 1947年に日本国憲法が施行されて以来、日本は国民主権国家に生まれ変わったはずなのに、東京地裁の裁判官は明治憲法体制時の政府見解とまったく同じ理由 --- 泡沫候補乱立を防ぐため という理由で高額な選挙供託金制度を合憲と判示したのです。まったく国民主権を理解しておらず、呆れる他ありません。

 天皇を唯一の主権者とする明治憲法下において選挙供託金制度を合憲とした理由を、国民主権体制の日本国憲法下において、なおも踏襲することは許されません。そうした判断を下した東京地裁は、最早、反民主的&反憲法的司法機関に成り下がったと言うべき。
 供託金制度について世界を見渡せば、大勢は選挙供託金制度廃止へと動いています。また、先ほども述べましたが、同制度を実施している国々においても日本ほど高額な供託金を要求する国はありません。東京地裁は一体ナニを考えているのでしょうか。モリカケ疑惑で明らかなように、安倍晋三政権下で繰り返されてきた公文書隠し、公文書偽造、公文書破棄は行政の信頼性を著しく貶めています。加えて、司法までもがここまで劣化しているとは、もう言葉がありません。

 いいですか、皆さん。安部一強政権の下、日本の統治機構はどんどん劣化し続けているのです。行政府が腐敗し、その行政府のトップが強い影響力を行使できるのが立法府ですし、政治から一番距離を取っているはずの司法府も自ら反動的判示をしたのですから、もう、日本は民主主義国家ではなくなりつつあるのですよ。(2019/05/26 記述)

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