前回のおさらいとして繰り返しますが、当該法案の概略は " あなたがある計画に参加し、その実行が懲役4年以上の犯罪となる可能性がある場合、実際に実行を始めていなくても捜査され、果ては処罰される可能性あり " ということ。取り分け当該法案の一番危ないポイントは『捜査機関に非常に広範囲の捜査権限&対象を与えてしまう結果になること』だと考えます。「これだけの説明じゃ、ピンとこないよ」という方がほとんどでしょう。前回お話しすると約束した " ※01 " の説明にもなりますので、以下、具体的に考えていきましょう。

 当該法案の正式名称は " 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案 " ですから、当該法案が対象とするのは、1)組織による犯罪行為であり、及び、2)犯罪行為によって得られた組織の利益の行方、となります。すると、" 労働組合絡みの事案 " は当該法案で摘発対象になる可能性が高いのでは、と危惧します。なぜか。労働組合ですから、そもそも継続して活動する組織ですし、組合活動によって得られた利益は全組合員の利益となりますから。「そんなバカな」と思われましたか。もしそうなら、これから先をじっくりお読みください。

 確かに、労働組合活動は憲法第28条で保障された労働者の権利です。ですが、労働者(⇒ 憲法上は " 勤労者 ")の権利行使であっても、一定レベルを超えれば、その権利行使が違法とされることもあります。振り返れば、1897(明治30)年にはわが国でも労働組合期成会がつくられましたが、政府は治安警察法を制定するなどして労働運動の弾圧を始めました。そして、治安維持法の制定、日中戦争、太平洋戦争と続く中で、国家総動員法が制定され、産業報国会がつくられるなど、労働組合そのものが解散させられてしまいました。

 つまり、戦前のわが国では『労働者の権利主張とそのための労働組合活動を敵視する状況』が長く続いてきており、現在も当時の政治家や高級官僚の2世、3世議員が過半数を占め " 戦前回帰 " を目指す自民党政権ですから、彼らが労働運動、ひいては労働組合活動をどう思っているかは説明するまでもありません。その証拠に、労働者が組合の腕章やリボンなどをつけて勤務したことが違法とされる判決(⇒ JR東海事件:東京高裁平成9年10月30日判決など)も多く出ています。要するに、経営者及びその支持政党である自民党は労働組合を今も敵視しているのです。

 そこに出てきたのが、今回の " 組織犯罪処罰法改正案 " です。当該法案と労働組合活動の " あり得る今後 " を考えてみます。労働組合活動が活発なA会社で、賃金闘争が始まったとします。組合とA会社の経営陣は何度か団体交渉をしましたが、経営陣はノラリクラリ戦法によって一向に進展がありません。組合幹部たちは組合の会議で「次の団体交渉では何かしら現実的進展があるまで、社長の退席を許さない」と決めました。過去にも社長が缶詰状態になる長時間団体交渉が行われていたため、この組合幹部の決定を漏れ聞いた会社の労務担当が最寄の警察署に相談。

 組合幹部たちはどうなるでしょうか。ちなみに " 長時間にわたって人の移動の自由を奪うのが監禁罪(=刑法第220条:刑罰は3月以上7年以下の懲役)" です。当然、当該法案の適用対象です。早速、警察はA会社にやってきて、組合幹部たちを当該法案によって逮捕していきました。逮捕に至った嫌疑は " 監禁罪の共謀 "。さらに後日、同じ理由で組合幹部らから予め話を聞いていた組合員数名も逮捕していきました。この経緯を見ていた他の組合員らは「組合活動ってヤバイかも」と恐れ始め、A会社における労働組合は事実上崩壊してしまいました。

 今、国会で審議されている " 組織犯罪処罰法改正案 " が可決されたら、このような光景が日本のあちらこちらで見られるようになるでしょう。A会社の労働組合はテロ組織や犯罪組織ではありません。憲法で保障された労働組合だったのです。前回も冒頭でお話しましたが、「当該法案に賛成している報道各社を含め政府与党系の人たちが言う " テロ等準備罪 " などの呼び名自体が真っ赤なウソ」ということがお分かりになったハズ。当該法案は事実上、戦前の " 治安警察法 " なのです。ちなみに、1900年に同法を成立させたのは " 日本軍国主義の父 山縣有朋政権 " です。

 刑法を学んだことがある人は、このA会社の労働組合の案件を読んで「おかしいなァ」と思われたでしょうね。そうです、逮捕された組合幹部や組合員らは " まだ社長を長時間にわたって監禁状態におくような長時間団体交渉をしていない " のです。刑法の用語で言うと " 監禁罪の実行行為をしていない " のです。実行行為をしてもいないのに逮捕されるのは、刑法の大原則に反します。なぜなら、刑法の大原則は " 法益侵害を処罰すること " だからです。本事案の場合、監禁行為が行われていないので、そもそも法益侵害は発生していませんからね。

 ですから、当該法案を本事案に適用するのは " 法益侵害の可能性を処罰する " ということ。" 可能性の処罰 " が、かなり危ないことはお分かりでしょう。一言で言えば、" 可能性ならどこまでも処罰範囲を広げられる " のですから。現実の話、現状の刑法でも例外的に法益侵害の可能性を処罰する " 予備罪の規定 " があります。たとえば、刑法第199条の殺人罪。殺人罪は " 人を殺す " という実行行為(=既遂)や " 殺そうとしたが殺せなかった(=実行したが未遂) " の他に " 予備罪 " があります。つまり " 殺人実行行為の準備 "。たとえば、殺人に使う包丁を買うなどです。

 予備罪で罰せられるのは例外ですから、予備罪が規定されているのは、刑法では内乱罪、外患誘致罪、私戦罪、殺人罪、建造物放火罪、身代金誘拐罪、強盗罪、通貨偽造罪の8罪だけ。また、破壊活動防止法に第39条&第40条があるだけです。つまり、予備罪で罰せられるのは例外的措置ですから、対象犯罪行為も重大な犯罪だけに限られているのです。当該法案のように " 懲役4年以上の犯罪行為に一律予備罪を儲ける措置 " は乱暴過ぎて話になりません。実際、当該法案によって277(!)もの犯罪行為に予備罪が設けられることになるのですから。

 本来、刑法の原則に反するため、重大な犯罪行為に限って認められていた例外措置の予備罪を一気に277もの犯罪行為に広げる、これがまさに当該法案、すなわち " 組織犯罪処罰法改正案の狙い " です。先ほどのA会社の労働組合に話を戻します。なぜ、警察は組合幹部や組合員らを逮捕できるのか。それは当該法案=組織犯罪処罰法改正案に基づくからです。組合幹部や組合員らは「社長に対する " 監禁罪の予備罪=社長を監禁するという共謀 " をしていたから」です。つまり、組合幹部らの " 組合会議自体が共謀 " ということになります。もうメチャクチャですね。

 まさに、常識で考えればメチャクチャとしか思えない点こそが、当該法案制定の狙いです。なぜなら、当該法案の狙いは " 戦前の治安警察法復活 " ですから。政権与党はもちろん、政権与党を支援する財界や国民統治の現場にいる官界は " 物言わぬ国民こそを望んでいる " のですから。もっと言えば『政権与党と財界、官界が結託して " 刑法の原理と体系自体 " を当該法案によって一気に変更し、組合活動への介入を可能にし、ひいては出版&放送というメディアを屈服させ、最終的には国民主権を否定し、完璧なまでの戦前回帰を果たそうとする第一歩』ということ。

 いくら何でも「話が大き過ぎる」と思った人は、試しに自民党の憲法改正草案を読んでみてください。" 個人の自由と人権を守る " という日本国憲法の立憲主義は見事に否定されていますから。一党独裁の中共憲法レベルですからね。おまけに、自民党の背後にいる右翼団体 日本会議には「国民主権なんて止めろ」とすら公言する元法務大臣もいますから。一昨年夏の安保法制改定(=集団的自衛権行使容認)から、この組織犯罪処罰法改正(=労働組合はじめあらゆる団体の運動規制)、最後が立憲主義と民主主義を否定する憲法改正と周到に進んできているのです。

 戦後70年余りにわたって平和国家 日本として歩んできた道が、今、戦前回帰勢力の妄動によって突き崩されようとしています。ネットや巷では「テロが起きてからでは遅いから」などと、能天気に政権与党やゴマすりメディアの報道にダマされている人が大多数ですが、当該法案にはテロという言葉すら出てこないのを知らないのでしょう。前回の冒頭に指摘したように、当該法案を " テロ等準備罪 " と呼ぶこと自体、真っ赤なウソですから。この国の大多数を占める給与生活者の皆さんは、ますます " 動産奴隷状態 " に追い込まれていくことは間違いありません。

(※以下のURLに、当該法案=共謀罪に反対する日弁連のパンフレットがあります。ぜひ、ご覧ください。
https://www.nichibenren.or.jp/…/kokusai_keiji/data/kyobozai… )(2017/04/30 記述)
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