「予想される未来は、バラ色ではなく、ディストピア」なんてことを書くと、「そりゃあSF映画の見過ぎ」などと笑われてしまいそうですが、2013年にCIA(&NSA)局員だったエドワード・スノーデン氏がアメリカ合衆国政府による " PRISM(プリズム)システム " の存在を暴露したことで、一挙に現実のモノとなっています。PRISMシステムは一言で言うと、「アメリカのNSA(National Security Agency:国家安全保障局)が、アメリカ国内はもちろん、アメリカに入ってくる or アメリカを経由する電子メールや通話などのほぼ全データを傍受するというモノ」です。

「アメリカ国内だけでなく、アメリカに入ってくる or アメリカを経由する通信データをすべて傍受する」と言うのですから、にわかには信じ難い話です。「本当にそんなことができるのか」という疑問すら湧きます。実際、世界に広がるインターネット網の現実を考えれば、アメリカと関係ない国同士の間でのやり取りであっても、その通信自体がアメリカ国内に設置されているサーバーを経由している可能性は非常に高いと言うか、かなりの割合で経由していると考えられます。そうなると、これらの通信データもすべて網羅的に傍受されているということです。

 こうした現実を考えると、スノーデン氏の暴露について、日本政府もマスメディアもほとんど目立った対応をしていないことが不可解です。理解できません。それどころか、意図的に無視しているようにすら思えます。これは一体どういうことでしょうか。日本政府やマスメディアは、1)スノーデン氏の暴露の意味を理解していない、2)スノーデン氏の暴露をでっち上げ or ウソと思っている、3)アメリカ政府を極度に恐れている、のいずれかでしょう。いずれにせよ「甘過ぎる」、正確に言えば「バカ過ぎる」、あるいは「弱腰過ぎる」ということです。安倍政権は集団的自衛権行使容認を進めていますが、肝心な情報戦はもちろん心理的にも既に敗北しているということです。

 スノーデン氏は暴露をするに当たり、アメリカから出国し香港に移ってから行っていますし、香港で暴露した後、直ちに南米に移ろうとした際、アメリカ政府から指名手配され、パスポートの無効化措置まで取られています。現在は、かろうじて移動できたロシアで亡命生活を余儀なくされています。こうした異常とも思えるアメリカ政府の対応が、スノーデン氏の暴露した内容が真実であること、しかもアメリカ政府にとって痛手になるほどの真実であることを証明しています。今回は、スノーデン氏の暴露を元に、現在分かっている内容をご報告します。

 Web上でやり取りされる情報で、マイクロソフトやアップル、グーグル、You Tube、Yahoo!、Facebook、Skype、AOL、PalTalk の計9社が提供するサービスを利用する全世界の人々の通信データ記録が傍受&保存されていたと指摘されています。また、アメリカ最大の電話会社ベライゾン社も協力していたことが分かっています。ざっくり言えば、アメリカ国内外を問わず、2007年のPRISM開始以来、固定&携帯電話だけでなく Windows や Mac のパソコンを使ったメールやデータの送受信はすべて丸裸状態だったということです。皆さんのPCも Windows か Mac でしょうから、皆さんも盗聴対象だったってことです(現在も続いていると考えられます!)。

 PRISMシステムは2001年の911テロを受けて、ブッシュ大統領時代に制定された愛国者法(=USA Patriot Act)によって構築されましたが、スノーデン氏の暴露によってアメリカ国内で猛批判が起こり、同法は時限立法だったこともあり、今年2月に失効しています。
 ただ、やりとりの相手方が非アメリカ人の場合、外国情報監視法がありますので、現在もアメリカ政府による通信データの傍受&保存が行われていることは間違いありません。しかも、政府による盗聴の脅威は、現実にはアメリカ政府だけが問題ではないのです。

 そもそも、アメリカとイギリスは第2次世界大戦中の1943年から通信傍受協定を結んでいます。1947年にはアメリカのNSAとイギリスのGCHQ(Government Communications Headquarters:政府通信本部)との協力関係に発展しています。明らかに " 冷戦への対応 " だったわけです。
 GCHQの前身GCCS(Government Code and Cipher School:政府暗号学校)は1919年に設立され、第2次世界大戦中のドイツ軍のエニグマ暗号を解読した実績があります。2015年に公開された映画「イミテーション・ゲーム」がGCCS、取り分け数学者 アラン・チューリング(1912~1954) の奮闘振りを描いています。

 この米英の通信傍受協定が1948年にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドを加えた5カ国で結ばれたUKSA協定(United Kingdom - United States of America Agreement)に発展し、そのコンピュータネットワークが通称 " エシュロン(Echelon)システム " です。ちなみに、この五カ国は世界中を監視する " ファイブアイズ(Five Eyes) " と呼ばれています。ちょっと陰謀論めいた印象を受けますが、エシュロンシステムとはまさに " アングロサクソン国家群による世界的盗聴網 " と言えます。
 冷戦時代に同じ西側=自由主義経済体制傘下の国であっても、この5つのアングロサクソン国家群は他の同盟国を信用していなかったことになります。

 第2次世界大戦終了とほぼ同時に始まった冷戦時代、アメリカを中心とする自由主義経済国家群とソ連を中心とする共産主義国家群の世界レベルでの対峙という全地球的構図の中では、ファイブアイズによる世界的盗聴網 エシュロンシステムの存在は必要悪として認めざるを得なかったかもしれません。しかし、冷戦終了後の世界においても " 必要悪 " と言えるのか、はなはだ疑問です。
 冷戦以来、久しく「平時も有事の延長」と言われ続けてきました。しかし、ソビエト連邦が崩壊し、中共は社会主義&市場経済国家となり、イデオロギー対立すなわち冷戦が明白に終了した現在もなお、ファイブアイズによるエシュロンシステムを使った世界的盗聴の状況は変わっていません。否、むしろ、状況は悪化していると考えるべきです。なぜか。

 冷戦開始とほぼ同時に始まり、冷戦終了後も世界的盗聴網 エシュロンシステムが現在もなお動き続けていることを考えると、一つの理由が浮かんできます。その理由とは " 経済問題 " です。正確に言うなら、" 経済闘争 " です。
 冷戦時は一つ間違えれば、核兵器による " 熱戦 " に転化する恐れが常に存在していました。しかし、現在は対テロ戦争という言葉が示すように、核大国同士の核戦争(=対称戦争)ではなく、国家対テロ組織という非対称戦争の時代です。もちろん、対テロ戦争において情報、すなわち通信傍受はある程度の効果はあります。

 しかし、本当にテロ組織やテロリストを追うために世界的盗聴網 エシュロンシステムを動かす必要があるのなら、エシュロンシステムが集めた情報は世界各国の治安関係者の間で共有されるべきです。が、現実にはエシュロンシステムが集めた情報はファイブアイズにしか開示されず、もちろん情報の利用もファイブアイズ内部に限られています。つまり、エシュロンシステムは対テロ戦争という目的からも外れているのです。そうなると、やはり " 国家間の経済闘争に勝利するため " 以外の目的は考えられません。以下に説明しますが、エシュロンシステムを稼動させるには相当の人的&物的資源が必要ですから、それなりの国家的理由がなければ運用するメリットがないことからも分かります。

 現在、エシュロンシステムを使ったファイブアイズによる全世界的盗聴は冷戦時代よりもはるかに強力かつ狡猾かつ網羅的になっていると考えるべきです。
 理由は、言うまでもなく " IT技術の急速な進化 " です。特に、全世界を覆うインターネット網が各家庭や各職場にまで行き渡るレベルで構築されたこと、加えて通信技術自体が飛躍的に進化したこと、特に携帯電話の急激な普及&携帯型PCと呼ぶべきスマートフォンの普及とが相まって、「エシュロンシステムも急速に進化しているだろう」と想像しないほうがどうかしています。

 近年のエシュロンシステムは、1964年に発足した INTELSAT(インテルサット:国際電気通信衛星機構) がベースとなっています。インテルサットは「人工衛星を使った国際通信の世界均一サービスの実現」をうたい文句に、非営利事業としてアメリカや日本など11ヶ国が参加し140ヶ国以上の通信事業者が出資して設立されました。インテルサットの本部はアメリカのワシントン D.C.に置かれています。しかし、インテルサットは設立当初から心配される事業でした。

 と言うのも、設立当初はインテルサットの大口出資者としてアメリカ メリーランド州ベセスダに本拠を置くコムサット社(COMSAT)が61%を出資していますが、同社は1998年に軍需企業 ロッキード・マーチン社 に買収され、1999年にはインテルサット自体も民営化され、現在、26機の通信衛星が運用中されています。エシュロンシステムはこれらの通信衛星(インテルサット衛星)を利用して、世界中で常時通信傍受を行っていると考えられます。

 要するに、各国を巻き込むために当初は非営利事業として立ち上げ、事業が軌道に乗り始めると表面には出づらい形で軍需企業が参入し、いつの間にかアメリカ主体の軍産複合体制に取り込まれる、もっと言うなら軍産複合体制の重要な柱になっているというのがインテルサットの真の姿ですから。しかも、現在では形式上、純然たる民間会社になっていますので、何か不祥事があっても、アメリカ政府が責任を問われることはないという寸法です。褒めるわけではありませんが、実によく練られた仕組みです。

" インテルサットの現在 " に話を戻すと、同社の24基の通信衛星の傍受基地として広く報じられているのは、アメリカ国内がヤキマ、シュガーグローブ、イギリス国内がモーエンストウ、オーストラリア国内がジェラルトン、ニュージーランド国内がワイホパイの全5基地です。世界地図を眺めれば一目瞭然ですが、これらの5基地が赤道上の全インテルサット衛星の通信を傍受しているわけです。

 実は、日本にもインテルサット衛星の通信傍受施設があります。青森県 三沢基地隣接の姉沼通信所はサブ傍受施設と言われています。この他にも何ヶ所かのサブ傍受施設の存在していることは間違いありません。
 具体的には、アメリカ空軍横田基地(現在は航空自衛隊と共同使用中ですが、同基地は極東の拠点基地です)、アメリカ海軍横須賀基地、沖縄のキャンプ・ハンセン アメリカ海兵隊基地、アメリカ空軍嘉手納基地、そして東京都港区赤坂にあるアメリカ大使館です。つまり、日本国内のアメリカ軍、空軍、海軍、海兵隊はすべて傍受施設を備えているわけです。まあ、当然でしょうが。

 インテルサット衛星通信の他にも民間衛星による通信や地上無線通信、さらにはスパイ衛星からの通信、大陸や島などを結ぶ海底ケーブルも物理的設備を用いて通信傍受されていると考えられています。
 興味深いことは、こうして集められた膨大な通信データがすべてアメリカ国内のNSA本部とイギリス国内のGCHQ本部にある " DICTIONARY(大辞典) " コンピュータに送られて保存されていると言われていることです。言うまでもありませんが、このDICTIONARYに集められる超膨大な生データの処理にビッグデータ処理技術が必要とされます。

 ファイブアイズ各国の担当者は自らの管轄区域内で収集した情報をある程度分類した上で、すべてDICTIONARYに送ります。こうした各国の担当者らがDICTIONARYの情報を利用する場合、自分の端末からDICTIONARYにアクセスし、必要な検索ワードを入力します。
 つまり、生データはファイブアイズ各国からアメリカ&イギリスのDICTIONARYに送られる → アメリカ&イギリスはDICTIONARYに送られてきた全データを把握する、という流れです。一方、ファイブアイズ各国の担当者がデータを求める場合、それぞれの端末からDICTIONARYにアクセスして検索するという流れです。

 その際、アメリカ&イギリスはDICTIONARYの生データにフィルターを掛けているハズですから、すべてのデータにアクセスできますが、アメリカ及びイギリス以外の3ヶ国の担当者はフィルタリングされたDICTIONARYデータにしかアクセスできない仕組みです。
 エシュロンシステムのこのような運用手順を眺めると、アメリカ及びイギリス以外のファイブアイズ3カ国は情報収集の手伝いはさせられているものの、集めた情報の持つコアな部分には触れることができない巧妙な仕組みであることに気づきます。アメリカ&イギリスの狡猾さにはホトホト呆れます。

 最近流行のビッグデータ処理と人工知能ですが、まさにエシュロンシステムに必要な技術だったのですね。取り分け、ディープラーニングのベースとなる " 特徴抽出機能 " は不可欠な技術と言えます。これによって動画像データを含む膨大なデータからターゲットとされる人物なり事物なりが関係するデータを抽出し、次の段階で " ニューラルネットワーク計算 " を行えば、最終的にその後の動きの予測までできるでしょう。その予測に従って、対象を補足し続けることもできますから。理論的には " 目をつけられた人物&事物 " はその周辺も含めて言動が丸裸状態にされてしまいます。

 さらに驚くことが2つあります。1つは、担当者があらかじめ検索語を打ち込んでおくと、その担当者のコンピュータに、収集されたデータの内から検索語やそれに関連するデータが動画像&音声通信データも含めて提示されるということです。自動的にデータ上を追尾していく機能があるわけです。もう1つは、GCHQとNSAの共同プロジェクト=暗号解読プログラムの開発です。しかも暗号解読の " 方法 " はネットバンキングなどで使われる暗号化プログラム自体に " バックドアを設置しておくモノ " というのですから、開いた口がふさがりません。

 つまり、NSAやGCHQだけでなくファイブアイズのいずれかの国がある人物に狙いを定め、その人物を周辺も含めて徹底的に盗聴&追尾しようとすれば、物理的な移動だけでなく、ターゲットの電話の音声を含めた通信データ、カードや銀行預金の動きまで把握できるということです。
 これにIoT技術と前回お話した自動運転技術(ウラの技術も含め)が組み合わされたならば、ターゲットに残されたプライバシーはほぼ存在しなくなるでしょう。こうした事態は、何もハリウッドのスパイ映画の世界ではなく、現実に社会で起こっていることなのです。

 先ほども言いましたが、エシュロンシステムによる世界的盗聴網の存在理由は、現在においては、主にファイブアイズ5ヶ国、取り分けアメリカ&イギリスによる経済的優位性を確立&維持するためであると考えます。
 冷戦時代に構築された世界的盗聴網 エシュロンシステムは当初こそ軍事目的が主だったハズですが、冷戦終結を受けてその目的が経済闘争にシフトしてきているってことです。

 公式には、アメリカ政府はエシュロンシステムの存在を認めていません。他のファイアイズ4ヶ国も同様です。あくまでも漏れ伝わってくる情報を元にその存在が強く推定されるだけです。それだけに、エドワード・スノーデン氏が暴露したことは重大な意味があるのです。
 ここまでお話しすると、私たちの日本もうかうかしていられないことが分かってきます。今、まさにファイブアイズ5ヶ国の内、3ヶ国が参加している重大な経済協定条約を結ぼうとしていますからね。言うまでもなく " TPP協定 " です。

 TPP協定は各国で批准が済んで協定発効後、場合によっては私たちの国 日本の姿が一変する可能性を秘めています。もちろん、私たちにとってプラスになる方向の変化ではありません。私たちの生活が破壊される可能性のほうが高いというか
、悪くならない理由がないというの正直な感想です。
 そもそもTPP交渉の過程で「ファイブアイズ3ヶ国が日本をはじめとする他の9ヶ国の内部でのやり取りを盗聴していたのではないか」という疑いは拭いきれません。こうした疑問を胸に、次回は「エシュロンシステムが日本に及ぼす影響」を考えてみます。(Part 3 に続く : 2016/10/24 記述)
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