巢鴨青年館という民宿で自分のベッドの準備をしていると、隣のベッドに浅黒い肌の中年男性がいるのが見えました。台湾の人っぽくはないし、欧米の人っぽくもありません。こちらが「Hello」と声をかけたのですが、彼はこちらをちらりと見ただけで、ベッドの中へと入ってしまいました。
彼のベッドのまわりを見ると、洗濯物が干されていたり、大きな荷物がいくつもあったりして、旅行者というよりは労働者といった感じ。
「もしかして、ここに住んでいるんじゃないか」
と思ってしまいます。
部屋を出て、階段を少し上がったところにある共有スペースは、見た目は普通の民家の台所。こちらもさっきの男性と似たような浅黒い色の肌をした男性が、何語だかわからない言葉で電話をしていました。なかなかディープな宿に泊まったものです。でも、こういったこともまた、旅のアクセント。宿に入るまでのドタバタはすっかり忘れて、どんなことが起こるのかとワクワクしてくるのでした。
ともあれ、宿が決まれば次はメシ。調べてみると、歩いて行けるところに夜市があるようです。昨日は夜市であまり食べられなかったという反省があるので、リベンジすることにします。
外に出ると、雨は上がって明るくなっていました。街の中、建物から空気まですべてが夏みかん色の光に染まり、いかにも夏の夕方といった感じです。
夜市に向かって歩いていくと、この街にはパチンコやさんがいくつもあることに気づきました。カタカナで「パチンコ」と書かれている店まであります。
日本では最近、潰れたパチンコやさんを見かけることが多くなりました。以前はそんなこと、想像もできなかったのですが、これも時代の流れなのでしょう。それに比べて、こちらのパチンコやさんはまだまだ元気なようです。
六合國際觀光夜市へ着くと、一本の通り全体が夜市になっていました。通りの入り口には「行人專用徒歩區」と書かれたバリケードがあり、車と原付に赤い車線が入ったマークもついていますが、それでもおかまいなしににも入ってくるのが台湾の原付。まわりの人たちも、さほど気にしていない様子です。
お腹も空いているので、まずは主食になりそうなものはないかと見ていると、麺を売る店を見つけました。店のおばちゃんがにこやかに、何か言っています。
「よし、ここにしよう」
店の屋台には「焿魚魠𩵚」と書かれていました。魚の料理だということだけはわかるのですが、あとはさっぱりわかりません。
出された料理は、茹ですぎたスパゲッティ(失礼)のような麺が、とろみがついたほんのり甘酸っぱいスープに浸っています。
唐揚げに見えるのは、どうやら白身の魚。
「これは、なかなか美味しいぞ」
と思いながら食べていると、おばちゃんがテーブルの上の緑色のボトルを指さします。
「『これを入れてみろ』と言いたいんだな?」
いや、たぶん中国語では言っているはずなのですが、私に伝わらないだけです。
かなり年季の入ったプラスチックのボトルの中身は黒酢。これを入れてみると、スープがさらにうまくなったではありませんか。
「台湾、恐るべし……」
しかし、料理の名前が気になります。日本に戻ってから調べてみると、焿はよくわからなかったのですが、土魠魚とか、𩵚魠魚なら検索にもヒットしました。
「もしかして、𩵚魠魚焿だったのか?」
魚の名前なら、「○○魚」というように、魚という字が後に来るはずです。
そこで、昔の日本語のように右から読ませるのかもしれないと思いながら検索してみると、ビンゴ。書かれている内容を読んでみると、まさに私がここで食べた料理そのものでした。
ちなみに、𩵚魠魚はサワラだったようです。あのフワフワ感は、サワラであれば納得。ぜひまた、チャレンジしたいものです。
さらに夜市をひやかします。すると、どこからかあの匂いがしてきました。臭豆腐です。ダメな人も多いと聞きますが、私にとっては大好物。でも、お店の前まで行くと、酒類の持ち込みは禁止だったので断念。やはり、揚げた臭豆腐にはビールがピッタリだと思うのです。
そして、台湾に来たらどうしても食べたいのが蚵仔煎。いくつか蚵仔煎を焼いている店は見かけたのですが、焼いている手さばきがなんとも鮮やかだったお店を選びました。
注文すると、お店のお姉さんが鉄板の上に手早く生地を広げて焼いてくれます。日本ではあまり見かけない、小指の先ほどの小さな牡蠣でなければ蚵仔煎にはなりません。日本で食べる蚵仔煎は、台湾のそれとはまた違うのです(意見には個人差があります)。
焼き上がった蚵仔煎に甘酸っぱい餡をかけて、テーブルに運ばれてきました。近くのファミリーマートで買ったビールとともにいただくと、玉子だけではない生地のモチモチとした感じと、その中に香る牡蠣の風味がたまりません。台湾に初めて来たときに基隆の夜市で食べて以来の大好物。そこには「カキとオムレツ」と書いてありましたが、オムレツというよりもお好み焼きに近いかもしれません。
そういえば、さっき眺めた鉄板の上で蚵仔煎を焼いている光景は、どこか広島のお好み焼きやさんに似ているような気もします。
もうちょっと何か食べられそうな気もしますが、ここで止めておくのが大人というもの。夜道を歩いて、謎の多い宿舎へ帰るのでした。