彼女のまなざし、カメラのまなざし ——「時かけ」「早春物語」、2つの映画について
ミッフィーが愛される秘密世界中の子どもたちから愛されているミッフィー。数多くの絵本の主人公である彼女は、いつも、どんなときも、正面を向いています。その理由について作者のディック・ブルーナは、「うれしいときにも悲しいときにも目をそらすことなく、読者の子どもたちと正直に対峙(たいじ)していたい」……からだと述べています。なるほど彼女は、涙を流して泣いているときも、必ずこちらを向いている。自転車をこいでいるときも、車を運転するお父さんも、読者のいるこちらを向いていて、「だめだめ、わき見運転は危ないよ」と、声を掛けたくなってしまいます。視線をいつも読者に向けて目をそらさないという、まさにそのことが、彼女が世界のみんなから愛される理由かもしれない。──と考えるのもあながち間違いではないと思わせることを、1963年に映画監督のフランソワ・トリュフォーが述べています。「一人称映画」という映画「湖中の女」という映画があります。あの私立探偵フィリップ・マーロウが活躍する作品。かつて角川映画「野生の証明」で、「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなければ生きる資格がない」という宣伝コピーが使われましたが、この台詞を「プレイバック」という小説の中で語ったのがフィリップ・マーロウです。彼の小説は多く映画化されましたが、そのうちの一つが「湖中の女」。「湖中の女」が公開された1947年当時、この映画は斬新な手法で評判を呼びました。原作の小説シリーズは、主人公のフィリップ・マーロウ自身が語り手となって、「おれは……」と語る「一人称小説」です。監督・主演のロバート・モンゴメリーは、それを映像化するにあたって、「一人称映画」を試みたのです。映画のほぼ全シーンが、主人公マーロウの目から見た視覚の映像となっている。マーロウが歩きながら景色を見れば、その移動する景色が映画の画面となる。マーロウが依頼者と会って面談すれば、マーロウの視点から見た依頼者の姿が映画の画面となります。だから観客は、基本的にマーロウ自身の姿を見ることが出来ません。ただ、その場に鏡があれば、鏡を通して彼の姿を見ることになります。「湖中の女[Lady in the Lake]」(1947年)監督:ロバート・モンゴメリーこうした一人称の映像は、現在、シューティング・ゲームなどではおなじみでしょう。プレイヤーが、イコール、主人公となるタイプのゲーム。ヴァーチャルに近い。主人公の視覚で見ている映像が、そのままプレイヤーが目にするゲーム映像となる。主人公が右を向くよう操作すれば、画面には右の景色が映し出されます。建物に近づいて歩いていけば、建物の景色が迫ってきます。その視界の中にゾンビやモンスターが現れれば、主人公の動作として、プレイヤーはそれに向かって攻撃を仕掛けることになります。そうしたゲームの手法を活かして作られたのが、映画「ハードコア」でした。「ハードコア[Hardcore Henry]」(2015年)監督:イリヤ・ナイシュラーたとえば映画「アバター」で、下半身不随のために車いすの生活を送る主人公が、人工生命体に意識を憑依させることで、先住民族のアバターとなり、生まれ変わるように目覚めるシーンがありました。そのとき、彼はベッドから起きて、研究員の制止を振り払い、走り出します。まるで自転車の運転を覚えたての子どものようなたどたどしい足取りで、けれどすぐに驚異的な身体能力を発揮して跳躍し、施設から脱走します。この場面が、アバターとなった主人公の目から見た視覚の映像で語られていました。観客は主人公と視覚を共有することで、主人公が体験した、自分の足で走ることが出来る喜びの感情を感じ、観客もまたアバターを体験することになりました。映画「ハードコア」は、その手法が全編で使われるのです。事故によって、部分的に肉体を機械として改造された男が、その超人的な運動能力で武装集団とバトルを繰り広げる。それがほぼ全編、男の目から見た視覚として──つまり一人称の映像で描かれます。だから主人公は顔も見えないのですが、役者さんは小型カメラを装着してアクションを演じたそうです。激しいアクションで生じるカメラのブレも、リアルさを演出する。主人公の男は事故で記憶喪失となったのですが、妻から名前はヘンリーだと知らされます。観客はそこで自分はヘンリーとして生まれ変わったような錯覚を与えられ、活躍する主人公と視覚を共有することで、主人公と同一化し、臨場感のある迫真的なアクションを体験することになります。フランソワ・トリュフォー説ところがです。「湖中の女」のような一人称映画では、登場人物と同一化するのは難しいと、フランソワ・トリュフォーは言います。佐藤忠男「完本・小津安二郎の芸術」からの孫引きで恐縮ですが、以下、引用します。「ロバート・モンゴメリイの演出した愚劣な映画『湖中の女』が、当時一部で賞賛されたことがあった。しかし主観的カメラとは、主観的シネマの反対である。カメラが登場人物のいる場所にあるとき、(観客は)登場人物と同一化することは不可能である。俳優のまなざしが観客のまなざしと交叉するとき主観的シネマというものが生まれる。従ってもし観客大衆が同一化する必要を感ずるならば、大衆は自動的に彼が一番多く映画の中でまなざしを交叉した顔、即(すなわ)ち一番多く止まって真正面から撮影された俳優と同一化するだろう。」(フランソワ・トリュフォー「ヌーヴェル・バーグの回顧と将来」岡田真吉訳『映画評論』1963年7月号)観客のまなざしを、主人公のまなざしに一致させて、観客が主人公の視点で景色をながめても、観客は、主人公と同一化は出来ない。むしろ、主人公のまなざしと観客のまなざしが交わるとき、観客は同一化出来るのだというのです。トリュフォーがそう主張した1963年には、「ハードコア」のような一人称映画はありませんでした。現在のヴァーチャルな技術では、3Dなどの視覚だけでなく、スイーツや花の匂いなどの嗅覚、観客席の椅子が振動するというような運動感覚や触覚などを観客が共有することで、より臨場感のある体験をする工夫が考えられています。そうした技術は、これからもどんどん進化していくでしょう。それが、観客を主人公に同一化するよう促すかもしれない。しかし、感覚的に同一化する体験が可能になったとしても、主人公の心情を理解し、共感し、人間の本質的な同一化ということを考えたとき、トリュフォーの主張もなるほどと思われるのです。人間は赤ん坊として生まれ、初めてまなざしと出逢います。たいていは、母親のまなざしと。もしくは、母親のようにケアしてくれる周囲の人のまなざしと。そして言葉を覚えるよりも先に、まなざしで会話を交わします。あなたはわたしの子ども、愛しているという笑みを含んだまなざし。そんな悪戯をしてはいけないと叱るまなざし。やがて母親も赤ちゃんのまなざし、その微妙な表情のニュアンスを感じ分け、眠くてぐずっているのか、お腹がすいて泣いているのか……などを読み取ろうとします。まなざしを交わすという言葉のない会話が、コミュニケーションの第一歩となる。1980年代、米国で、いわゆる「キレる」子どもたちが社会問題となりました。そのときに開発され、効果を上げたのが「セカンド・ステップ」というプログラムです。そのレッスンではたとえば、「悲しい」表情をしている子どもの顔のカードを見せて、この子は、今、どんな気持ちなのかを話し合うということをします。まなざしを交わし合うことで相手の気持ちを想像し、相手の立場に立って考える。そんな、ごく当たり前のような基本的なコミュニケーションのステップを積み重ねて、感情をコントロールし、対人関係のスキルを身につけさせる。逆に言えば、そうしたコミュニケーションの基本が欠けているために、子どもによる犯罪が増えるなど、社会のきしみが生じていたと言えるでしょう。トリュフォーの説は、まなざしとまなざしを交わすというコミュニケーションの基本を、擬似的なかたちではありますが、映画の登場人物と観客のあいだに見出すものです。「大人は判ってくれない」——アントワーヌのまなざしトリュフォーはその説を、自作の「大人は判ってくれない」にたどって説明しています。この映画は、トリュフォー自身の少年時代を描いたとされる作品です。主人公の少年アントワーヌ(ジャン=ピエール・レオ)は、家では、厳しい母親とぐうたらな父親が始終ケンカをしていて、居場所がない。学校では、高圧的な教師に叱られる毎日で、居場所がない。母親の浮気を目撃したり、作文の盗作がばれたりという事件が重なって、家出の果てにタイプライターを盗んで、鑑別所に入れられます。トリュフォー自身は、彼の分身であるアントワーヌの行いを、善いという見方と、悪いという見方の両方から、中立的に描こうとしたといいます。彼がいわゆる非行少年となっていくその過程は、シナリオを読んだ人々からは、悪い、憎たらしいという感想を得たそうです。ところが、フィルムを観た観客からは、同情心をもって見られ、少年は悪くないという見方が多くなってしまった、失敗したといいます。というのは、無意識的にアントワーヌを真正面から撮影するシーンが多くなってしまい、観客が彼に感情移入したためだというのです。つまり、「一番多く止まって真正面から撮影」をした。「大人は判ってくれない[Les Quatre Cents Coups]」(1959年)監督:フランソワ・トリュフォー映画のカメラは基本的に、しゃべっている人物を映します。しかし、「大人は判ってくれない」のカメラは、アントワーヌから離れず、たとえば鑑別所の女性係官と彼が会話をする場面では、しゃべる係官の顔は映さず、アントワーヌの顔ばかりを映していました。必ずしも真正面からのアングルばかりではありませんでしたが、無意識だったにせよ、彼の顔を映そうとするカメラの意志が感じられました。けれど、しゃべる人物の顔を映さず、その台詞を聞く相手の表情を映すというのは、特別というわけではなく、まあまあ、珍しくはない撮影法でしょう。「初恋のきた道」——ディのまなざし同じような場面が、チャン・イーモウ監督作品「初恋のきた道」にもありました。主人公の少女、チャオ・ディ(チャン・ツィイー)が、盲目の母親と会話をする場面。母親が台詞をしゃべっているときも、カメラはディから離れることなく、ディの顔をずっと映し続けていました。そしてこの映画全般、やっぱり彼女をとらえるショットが多く、彼女がカメラを向いている――彼女のまなざしを真正面からとらえる撮影が多用されています。物語は、現在、中国の都会で暮らす男が、老父が亡くなったという報せを聞いて、過疎化の進む故郷の小さな山村へ帰るところから始まります。老母とともに葬列を出そうとして、そこで、まだ彼が生まれる前、話に聞いていたのでしょう、老父母がまだ若かった頃を追想する。40年以上前、老父は、町からこの村の学校へ赴任してきたばかりの20歳の教師でした。老母は、そんな青年教師にあこがれる18歳の村の娘でした。素朴な村の娘、チャオ・ディにとっては、初恋。しかし自由恋愛が珍しかった当時、彼女はその恋心を伝えることなど出来ません。持っている少ない洋服の中から、少しでも華やかなピンクの新しい服に着替える。せめて彼の姿を一目でも見ようと、学校近くの井戸へ遠回りして水汲みに行く。新築の学校の柱に巻く布を、心を込めて織る。毎日、子どもたちを送る彼を待ち伏せして、けれど、林の中に姿を隠し、遠く離れたところから彼を見つめる。――そんな彼女の姿をカメラは、「一番多く止まって真正面から撮影」します。観客は、ディのまなざしとまなざしを交わすことで、彼女に感情移入し、そのひたむきな恋心に共感することになります。「初恋のきた道[我的父親母親]」(1999年)監督:チャン・イーモウだから、観客は彼女を応援せずにはいられないわけです。文化大革命の混乱で彼が町へ連れ戻されたとき、手料理を食べさせようと、彼が乗る馬車を追いかけて必死に走る彼女に、心の中で声援を送らずにはいられない。しかもこのとき、草原を駆ける彼女をカメラは、遠景のロングショットで撮りません。バストショットで近づいたままパンニング(水平移動)させ、彼女の表情を追いかける。そうした撮影のやり方をすることで、観客は彼女の心情に寄り添うことになります。小津作品のまなざし、ミッフィーのまなざし出演者が真正面を向いてカメラに視線を送るのは、バラエティでは当然です。カメラの向こうの視聴者と視線を合わせようとする。演説や政見放送などでは、そうすることで効果的に観衆や視聴者の心をつかみます。しかし、演劇やドラマや映画では、観客、もしくはカメラの向こうの視聴者に視線を送ることは一般的にはありません。不自然だからです。舞台では、観客の座っている方の側面を、いわゆる「第四の壁」と呼んで、基本的には、そちら側はないものとして演技をします。(たとえば「古畑任三郎」で主人公が、突然ドラマを中断し、視聴者に向けて語り出すような、第四の壁を破るようなメタ的な手法も多々ありますが。)ところが、小津安二郎作品の登場人物たちは、ごく自然にカメラと正対し、観客に視線を送ってきます。というのも、登場人物が会話をする、その話しかける相手の位置にカメラがあるという設定だからです。「初恋のきた道」のチャオ・ディが、真正面に向いていたのは、彼女が視線を送る恋人の青年の位置にカメラがあるという設定で、彼女の表情をとらえていたからです。だから小津作品では、ふつうに日常の会話を交わすように、たとえば笠智衆さんがカメラに話しかけてくる、つまり、私たち観客に向かって話しかけてくる。観客は、ごく自然に笠智衆さんと向き合いながら、登場人物たちの友だち同士の会話、あるいは家族の会話の輪の中に混ざっているような――その物語に参加しているような、錯覚に陥ることになります。「晩春」(1949年)監督:小津安二郎そして登場人物はどんな気持ちなのだろうかと想像して感情移入し、観客自身の経験や人生と照らし合わせて考え、自分自身を振り返ってみたりするようになる。笠智衆さんとまなざしを交わすことで、ああ、父親ってそんなふうに考えるんだよな、とか、アントワーヌとまなざしを交わすことで、そうそう、思春期の頃って、居場所を探そうとして見つからなくて、どうしようもないことばっかりしちゃうんだ、とか、チャオ・ディとまなざしを交わすことで、ああ、こんなおれにも、こんなふうに初恋にときめく純真な時代があったんだよなあ、などなど、むくつけき中年男が少女の姿を観て、自分の胸に手を当ててしまったりするわけです。即(すなわ)ち「一番多く止まって真正面から撮影された俳優と同一化」する。その「真正面から撮影された俳優」の最たる俳優が、ミッフィーです。彼女は、真正面しか向いていない。そして眉毛もない彼女の点々の目は、無個性で、たいていニュートラル状態。うれしいんだか、悲しいんだか、とりたてて主張するような演技をしません。だからこそ、物語の文脈によって、また読者の想像力によって、読者それぞれの胸の中で、いろいろなニュアンスの表情を見せることになる。そして彼女は読者の子どもたちに身近で親しい存在――つまり友だちになるのだと思います。「時をかける少女」芳山和子は、ミッフィーであるさて、前振りが思わず長くなってしまいましたが、「時をかける少女」です。「時をかける少女」でもまた、しゃべっている人物を映すのではなく、台詞のあいだ、カメラが吸い寄せられるように主人公ばかりを映すシーンがありました。土曜日、理科実験室で謎の煙と匂いをかいで気を失った主人公・芳山和子(原田知世)は、翌日曜日、朝遅くぼんやりと起きてきて居間で紅茶を飲みます。そんな和子に母親が「お父さんはゴルフへ行って……」と語りかけますが、カメラは母親ではなく、和子の表情を映し続けます。このとき、和子は軽くタイムリープをして、洗濯物を運ぶ母親の位置がワープし、紅茶が急にさめて湯気がなくなるという現象が起こる。そのためにこうしたカメラワークが使われたのですが、このシーンだけでなく、全般的に、カメラは和子の表情を追い続けます。そして、場面によってだと思いますが、撮影当時のことを大林宣彦監督が述懐しています。知世さんに、相手役が監督だと思うよう、監督に語りかけるように演技しなさいと指示し、そして監督は、カメラのすぐ隣りに立ったというのです。知世さんは、監督に視線を送り、監督に話しかけた。つまり、映像としては、監督のすぐ横のカメラにまなざしを送り、カメラの向こうの観客に話しかけた――彼女は「真正面から撮影された」わけです。「時をかける少女」(1983年)監督:大林宣彦この場面に限らず、カメラは和子のまなざしに近寄っていき、自分が獲得してしまった能力と、そのためにもたらされる局面への不安に揺れる、あるいは、自分の中に芽生えた淡い恋心に気づいてとまどう、そんな和子の表情に寄り添います。それはちょうど思春期の模糊とした不安に揺れる少女の時間そのものを切り取るようでした。そしてラスト。和子の意識の記憶は消されているものの、未来で深町クン(高柳良一)と再会し、大学の廊下ですれ違います。その後二人はどうしたか? という結末は観客ひとりひとりの想像に委ねられ、余韻と含みを残してフェイド・アウトしていき、物語は閉じられる……。と思いきや、主題歌のイントロの印象的なリフとともに、ポーンと画面が切り替わって、理科の実験室で倒れていた芳山和子がムックリと起き上がり、主題歌を歌い出します。そのときの彼女は、原田知世であったかもしれません。NGシーンをはさみつつ、物語を振り返るように各場面場面で彼女が歌う。紙吹雪を散らして祝福する共演者に囲まれながら、ちょっと恥ずかしそうに歌う彼女は、カメラと真正面に向いています。やがて「過去も未来も星座も超えるから 抱きとめて」と歌い終わった彼女は、カーテンコールの拍手の中、普明閣の灯篭のある境内の向こうから下駄履きのまま、懸命に「過去も未来も」超えるように走り、トテトテトテとかけて来ます。そしてカメラ(観客)の前に来て止まり、羞じらうようにチラリと視線を横に走らせた後、(大林監督によると、このとき知世さんは「監督、OKですか?」とうかがうために横を向いたそうですね。)改めてカメラ(観客)と真正面に向き合い、はにかむような笑顔を見せる。「時をかける少女」(1983年)監督:大林宣彦この瞬間、観客は、少女のまなざしを受けとめ、かけて来た少女を「抱きとめ」るのでしょう。そしてこの瞬間、芳山和子(=原田知世)は、ミッフィーになるのだと思います。つまり、観客それぞれの胸の中で、身近で親しい存在に。「早春物語」のカメラのまなざし主人公に近寄っていく「時をかける少女」の撮影のし方の真逆とも言えるのが、「早春物語」の撮影のし方です。トリュフォーは、「主観的シネマ」という言葉を使っていました。「時をかける少女」がもしも「主観的シネマ」と呼べるなら、「早春物語」は、「客観的シネマ」ということが出来るでしょう。澤井信一郎監督は、「早春物語」のパンフレットに原稿を寄せています。「過去の二作品『野菊の墓』『Wの悲劇』では、私は主人公の女の子を大変な熱い思いを込めて見つめましたが、今度は極めて冷ややかに突き離しました。」と、強がりのようにユーモラスに書いておきながら、結局突き離すことが出来ず、「畜生、こんな筈ではなかったのに。」と白旗を上げて、「正直なところ、私は十七歳を愛しています。」と白状して締めくくっています。澤井監督は、「野菊の墓」(1981年。松田聖子主演)では、映像が水平に移動する横の動きを多用して、映画画面を構成していました。が、こちらの「早春物語」では、上下に移動する縦の動きを多用しています。そしてカメラは、ロングショットやミディアムショットが主体。人物を撮影するカメラとの距離は、心理的な距離と比例します。カメラが近づいて人物を映すクローズアップは、その人物の心情に近づくことになる。観客はその人物の気持ちを、身近に、いきいきと感じることになります。たとえば、怒っている人物がクローズアップになると、その怒りの感情が迫力をもって、ダイレクトに伝わってきます。けれども逆に、ロングショットで描かれると、どんなに激しい怒りを持っていても観客は彼を遠い距離から客観的にながめることになる。俯瞰から見たりするような、画面の縦の動きにも、そうした効果があると思います。そして主人公を文字通り「突き離し」た距離から描くことによって、彼女をより客観的な目で見ることになります。「早春物語」に見る縦の構図「早春物語」のオープニングは、空撮で始まります。鎌倉の海岸でウィンドサーフィンする姿を、空撮の俯瞰からながめる。そこからカメラは海岸近くの高校へと移動し、グラウンドで、豆粒のような生徒が野球をしていたり、歩いている姿をとらえる。そしてカメラの視点は校舎の建物に回り込むように円を描いたかと思うと、パッと上空から地上へと切り替わって、校舎の中の教室にいる主人公、沖野瞳(原田知世)と友人、牧麻子(仙道敦子)のシーンとなります。そしてエンディングもまた空撮。教室の中の会話から、高校の全景を見下ろす空撮となって鎌倉の町を俯瞰し、遠ざかっていくようにして終わる。地上の俗世的な物語を、空から見下ろす視点で眺めるかのようです。いわゆる「上から目線」。撮影ロケ地も、高低差のある建物や景色が選ばれています。たとえば、麻子の恋人がいる海岸と、その砂浜を麻子と瞳が見下ろす喫茶店。そして、階段や坂が実に多い。▶沖野家の住宅は、階段の坂を登った途中にあります。「早春物語」(1985年)監督:澤井信一郎▶瞳と麻子が待ち合わせて歩く鎌倉駅の階段。▶瞳が暇をつぶすために歩く原宿の歩道橋の階段。▶瞳と梶川真二(林隆三)が訪れた箱根の大湧谷にも、数段の階段があり、二人は、階段の上と下で縦になりながら、会話をします。▶瞳が歩いた、神田ニコライ堂近くの階段。▶小林稔侍さんがマスターをしていた喫茶店「ランタン」も、店内に階段のある店でした。▶写真部の瞳が「春」を撮ろうとした十一面観音で知られる杉本寺の階段。▶やはり「春」を撮ろうとして瞳が、桜咲く頃に梶川と出会い、新緑の頃に再会する来迎寺。そのお寺の長い階段も、縦の構図に効果的に使われていました。「早春物語」(1985年)監督:澤井信一郎また撮影も、カメラを左右に振る「パン」ではなく、上下に振る「ティルト」が多い。その大半が、上から下へと移動する「ティルト・ダウン」です。▶竹中常務(平幹二朗)宅を訪問した梶川たちが暇乞いをする玄関先を俯瞰からティルト。「早春物語」(1985年)監督:澤井信一郎▶瞳と待ち合わせた麻子が鎌倉駅前の横断歩道を走るシーンを俯瞰。▶瞳と梶川が踊るパーティーでのダンス・シーンを天井のシャンデリアからの俯瞰。▶夜の東京駅丸ノ内側の街路で、瞳が赤いボールを蹴るシーンも、最初は街路樹のイチョウ越しからのティルト・ダウン。▶箱根・芦ノ湖畔のレストラン駐車場でのキス・シーンも、最初はゆっくりとしたティルト・ダウンから。そのシーンでキスをされたとき、思わず身体を固くして瞳が、「(キスは初めてじゃない)何度も、何度もある」とつぶやくところになって、ここで、クローズ・アップ。背伸びをしながらも、自分の中にわき起こる感情に気づいて揺れ動く、そんな瞳の心情に迫るようなクローズ・アップでした。全般にロングやミディアムが多いと思うのですが、こうしたポイントポイントでは、瞳のクローズ・アップやバスト・ショットが的確に使われています。たとえば、命がけで恋に殉じようとする同級生の沢田真佐子(早瀬優香子)と会って、自分も傷ついてもいい、自分もこの恋にかけようと決心する場面。深夜の病院の待合室で、梶川から母親とのなれそめと別れの真実を聞かされ、「これ、恋だと思う」と心情を吐露してキスへと至る場面。南米へ独り旅立つ梶川を見送るために、空港へ突然現れる場面。そこから、一つの恋を乗り越えようとするかのように歩き出す場面。そうして颯爽と街の人通りの中へ踏み出していく……。――こうして並べてみると、けっして少なくはないのですが、それ以上にロングやミディアムが多いからこそ、瞳のクローズ・アップが印象的に見えるのかもしれません。主観的なまなざしと客観的なまなざし赤川次郎さんの原作「早春物語」では、瞳が殺人を犯してしまいます。映画は、そうした原作ほどではないにせよ、内容は、かなりハードです。同級生は、教師と不倫の末に心中する。母親の親友は、三角関係に悩んで自殺未遂する。そのために梶川は母親と別れることになり、彼女の娘と20数年後、偶然に出逢うわけです。しかし映画の客観的な描写は、そうしたドロドロした世界の内面に入り込むことをしません。出来事として語るだけ。そして少女は、一つの恋と真剣に向き合い、一つの経験として乗り越えていく。それは、心中するような恋に比べれば小さな恋かもしれませんが、あるいは、殺人を犯すような物語に比べれば小さな物語かもしれませんが、その小さな物語は、客観的に、しかしブレずに描かれます。瞳は、再婚する父親に嫌味を言い、義母を攻撃し、会社の場所を尋ねたおばさんに失礼を言うような、いやな女の子として描かれます。が、けれども、この小さな物語を見終えたとき、彼女がかわいく見えてくるのです。「時をかける少女」の芳山和子は観客とまなざしを交わし合い、正面から見つめられることによって、観客の心のアニマとして、観客の心に住みつくことになりました。一方「早春物語」の沖野瞳は、一つの恋を真剣に生きた少女として、客観的に描かれることによって、観客に味わい深い印象を残すことになりました。「主観的シネマ」と「客観的シネマ」。その2つの映画に出演し、2つの視点で描かれたことは、女優・原田知世にとって、非常に幸福だったということは間違いありません。