今日は母が家にやってきて
我が家でお風呂に入る日。

お母さんの部屋のより、我が家のテレビの方が大きいから
氷川きよしのDVDとか持っておいでーって
言ったら、喜んで去年のクリスマスコンサートのDVDを持ってやってきた。

じゃ~~ん
始まったら、もう夢中。
「ああ、こういう服着ていたのね
さすがに柄までは見えなかったわ」
「へー、音も違うし
これじゃあ、コンサートに行っているみたいだね」
と、まあ、始終大喜び。

今回持ってきたのがVol.9だったから
「これから、お風呂に入るたびに
前のも持って来て見るといいね」って
母に言うと
「うん、そうするわ、まったく初めて見るような感動だったわ」
と、すっかりご満悦。

もう、これ以降は何をテレビで見ようと関心なし。
兄が4時半に迎えに来たので
「お母さん、氷川のラジオが4時50分からやるの
クルマの中で聞けるかしら?途中で忘れちゃいそうだね」
と言うと
「いいの、今日はコンサートに行った感じで
歌もいっぱい聞いたし、見れたから」
と、我が家にお風呂に入りに来たことも忘れて
すっかりと氷川きよし一色に染まって帰って行きました。

父亡きあと、母が氷川きよしをファンになってくれたお陰で
母がどれだけ元気でいられることか
本当に氷川きよしには大感謝である。
死んだ父となんら共通点がないと思っていたのだけれども
なんと、きよし君と父は同じ誕生日なんだそうだ。
母は「どうして好きになるひとが同じ誕生日なのかしら?」
って言うのは、おかしかった。
誰にも元気の源があるのはいいことだ!
うちの子供達は、もう社会人と大学3年で
子供とは言えないのだけれども
ふりかえって思うこと。

生まれてから小学校に上がるまでの6年間と
小学校を卒業するまでの6年間
この時期に子育ての楽しみはすべてあるように思う。

けれども、その最中は
早く大きくなって楽にならないかなあと
そんなことばかり考えているから
子供が自分ひとりでちゃんと出来ないことにイライラしたり
こっちが忙しい時に限って
手間をかけさせるようなことをやらかしたり
病気になったりすると
「あー、なんでこんなに手がかかるの」
って嘆いたりしていたように思う。

やがて、子供はいろんなことが自分ひとりで出来るようになってきて
ああ、楽になったって思うんだけれども
今度は、いろんな面で何かとお金がかかり出し
「あー、なんでこんなにお金がかかるの」
って嘆いたりし始める。
その上、子供の進路なんてやっかいなことまで
考えなくてはいけなくなるので
どんどんと子育ては
楽しくない方向へと進み
そして、子供はというと
もう親よりも友達や好きなゲームで遊ぶ時間の方を大事にするようになっていく。

つまり、手がかかる時期が一番親としての最高に楽しい時期なのである。
その時期にどれだけ子供との楽しい時間を過ごせるか
なのではないだろうか。

しかし、どんなに楽しい思い出をつくってあげたとしても
悲しいかな、子供はそんな小さかった時のことは覚えていないものだ。
でも、その時期が楽しかったのは
親である自分の方だったんだから
そんなことはどうでもいいのかもしれない。
どんどんと憎まれ口をきくようになっていく我が子だけれども
親の生き方はちゃーんと見ているし
ものすごく影響を与えているんだなって最近感じる。

今、このアメブロに沢山のお母さんが日常のこと書いているのを見て
ささいなことでも、メモ程度でも記録を残しておくと
いつの日か、とってもいい思い出になり
親子両方のいい思い出になるだろうなって思う。

子供が子供である時期は
本当に短い。
自分のしたいことの時間がなかなかとれないと嘆いているお母さんも
きっと多いことだろう。
でも、子供とおしゃべりしたり
一緒にご飯食べたり
そういう普通の生活の中に
「今その瞬間の幸せ」がいっぱいあって
それは、子供が大人になってしまった私のような世代から見ると
ものすごく輝いている日々に映り
子育て真っ最中のお母さんを
とても羨ましく思えるのである。

はるか昔、二人の子供が小学生だった頃に
私がつくった詩が
外付けHDDにあった。
なつかしかったので、
下にその時の詩をのせてみる
これに音楽とつけて
自分のホームページにアップしていた
まだ、みんながそれほどパソコンに夢中になっていない時期から
タグを打って、ホームページを作っていた
あの頃がなつかしく蘇る詩だ


「しあわせの音」
moto作

その子はアリの入ったガラス瓶に耳をくっつけていた。
そのしぐさがあんまりかわいいので
「鳴き声が聞えるの?」
と私はたずねた。
すると女の子は答えた。
「ううん、アリの足音を聞いているんだよ。」
「アリの足音?」
「うん、世界中で一番小さい音なんだって。お母さんがおしえてくれた。」
「そう?聞かせて。」
「うん、いいよ。」
私は女の子からアリの入ったガラス瓶を受け取り静かに耳を近づけた。
「ね?」と目を輝かせて聞く女の子のうれしそうな顔に思わずつられて
私も「ほんとうだぁー。」
幸せも時としてこんな瓶の中に入っているのかもしれない。
私は自分の人生の入ったガラス瓶にそっと耳を近づけた。
夜空にきらめく星のまたたきのような音がした。



今日はお天気が良かったので、
思い切って1時間ちょっと電車に乗り日帰り旅行気分で
小江戸・蔵の街の川越に行った。

時間が止まったような街の川越
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街というよりも、テーマパークを歩いているよう。


川越大師 喜多院の五百羅漢は心が引き締まる感じ。
motoのブログ-五百羅漢
京都に行ったような、得した気持ちになった。


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ものすごーく歩いたのに
街が楽しくて、全然気にならなかった。
久々に夫との楽しいデートでしたニコニコ