ここ最近、民主主義における自由はなんでもしてもいいと考えている人がいるように感じられる。
日本の憲法では、第12条において自由の事が記されている。
憲法第12条とは、『自由権及び人権を保持する義務、その濫用の禁止』について規定されている。
その条文には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と記されている。
つまり、それを簡単に訳すと「他人に迷惑をかけないことと法律に違反しない範囲の中で自由と権利を認める」と訳すことができる。
だが、もちろんのことのように自由を行使することにおいて、発生するあらゆることに対して責任を負う義務が伴うのは当然のことである。私もこのブログを書くという自由を行使しているし、発生する行為を甘んじて受ける所存だ。
だが、最近この自由を履き違えている人たちが多くいる。イスラム国に殺された日本人ジャーナリスト然り、渡航しようとしたカメラマン等々である。
確かに、イスラム国に殺された日本人ジャーナリストの人は自分に責任はあるとした。これは評価すべきであるが彼もまた他人に迷惑をかけている。なぜなら、ヨルダンや日本国政府は対応に追われたし、もし、身代金を渡すにしても国民の血税である。また、渡った身代金によって殺された人や家族に迷惑をかける可能性があるからである。
イスラム国に殺された日本人ジャーナリストの人に比べ、渡航しようとしたカメラマンはひどすぎると言わざるおえない、確かに渡航する自由はあるがイスラム国に捕まる可能性がある以上、今回の対応は当然ではないだろうか。
それを非難しているこのカメラマンは自由に対する責任をどう払うのか考えているのだろうか。
このカメラマンは殺されたジャーナリストと同じことを言っている。「危険を見極めるのは心得ている」と語ったとされているが人間に完璧は存在しない。万に一つを考えて行動することが大事であり、そのことを考えるべきである。
このように最近の人の中には自由=なんでもしてもいいと思っている人がいると言ってもいいのではないだろうか。
これからの日本のことを考えて自由とは責任と義務を負うものと考え生きて行かないくてはならない。
読んでいただきありがとうございました。駄文で申し訳ないです。これからも読んでいただけると励みになります。最後にコメントお待ちしてます。