人気ロックシンガーのダニエル・ジョイスがテレビのトーク番組に出演した。番組自体ゴールデンタイムに放送されるだけあって高い視聴率を誇っていたが、ダニエルの人気も相まってその回は久しぶり記録的な数字を叩き出した。
番組の最後に司会者がファンへのメッセージをダニエルに求めた。すると彼はこんな話を始めた。
「私の音楽に理解を示してくれる数多くのファンに感謝している。
今夜はそんな皆に、私のとっておきの話をしよう。
この世の中には「人の運命を司る神様」が本当にいるんだ。その神様は12年周期でこの地上に現れ、世界中から7人を選び出す。そしてその7人に特別に運命の転機って奴を与えてくれるんだ。選ばれた人間は、それから3年間とんでもないツキに恵まれるんだ。
今から25年前に私は実際にその神様と出遭った。当時食えないミュージシャンだった私の生活はその日を境に一変した。
私はバンドの仲間を集め、曲を作り、それをラジオ局に送った。その後のことはみんなの方が詳しいかもしれない。そして私は一躍トップ・アーティストとして世界的に認知されるようになった。
もちろん幸いにして、それ以降も私の音楽は皆に支持され続けてきた。まあ、実力だってちゃんとあったって、自分では自惚れているんだが。(笑) そんな神から確かにチャンスを与えられたこともあったよ。でも今の私があるのはこれまで応援してくれた皆の力があったからこそと心底思っている。
サンキュー。これからも応援してくれ。今夜はありがとう」
ブラウン管の前で多くの人々がそれを観ていた。良識ある多くの人たちは、彼のメッセージに特に気にも留めなかった。少なからず彼の音楽に好感をもっている人たちは、その話に登場した“神”の話は彼特有のジョークだと思った。ダニエル信奉者たちの受け取り方も、程度としては同じようなものだった。(彼らはそれをダニエル語録として胸の中に刻み込んだ。)
でも、世界は狭いようで広かった。そんな中に彼のインタビュー、とりわけ“神”の件(くだり)に関心を示した熱狂的なファンも存在した。
ある有名大学で応用統計学を専攻する大学院生が、その番組の放映後ダニエル・ジョイスのデビューからの活動やインタビューを分析し始めた。ダニエルが語った「神様」が現れる周期を割り出し、更に12年毎に“選ばれし7人”に目鼻を付けた。それから選ばれた(であろう)それらの人々の様々な情報を集めては統計的に処理し、次に神が現れる年と地域を割り出したのだ。
もちろん彼が当りをつけた人たちが、本当に選ばれし人々かは定かではなかった。例えその人たちを一人一人捕まえて、“アナタは選ばれし7人か”と尋ねて廻っても、絶対に正直には答えないだろう。彼はそう考えた。
大学院生はそれを自分のホームページで公開した。さらにインターネットの掲示板まで立ち上げてしまった。
その頃ダニエル・ジョイスはワールドツアーの真っ最中だった。しかしそのページが立ち上がる1週間前に、次の公演地ブカレストを目前にしてこの世を去った。死因はドラッグのオーバードースと診断された。彼の語った「神様」の話の真相は、こうして明らかにされることはなかった。そんなタイミングも後押ししてか、彼の説はひっそりと、しかし着実に一部の層の間に拡がっていった。
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ストラヴィンスキーのバレエ音楽「プルチネルラ」をウォークマンで聞きながら、僕は朝の湖畔を散歩していた。
レイク・パークは湖に隣接して設けられた公園で、岸辺に沿って長い遊歩道が延びていた。園内にはトドマツやブナの木々が植えられていて、時々野生のリスの姿を見つけることができる。湖面には薄らと靄がかかり、それが僕の鼻腔を心地よく刺激した。途中でイングリッシュ・ポインターを連れた老紳士と出会った。この公園を散歩コースにしている常連だ。すれ違いざまに互いに挨拶を交わす。通り過ぎていく後姿を見送っていると、犬が首だけを僕の方に向けて一瞬お辞儀のような仕種をした。
レイク・パークからの帰り道、「サニーデイズ」に立ち寄った。サニーデイズはクイーンズ・ストリートの西のはずれにある24時間営業のドーナツショップだ。店内に足を踏み入れると、店員のロゼッタが「ハーイ! 早いじゃない」と笑顔で声を掛けてきた。いい朝だね、と僕は挨拶し、レジスターに並行に設置されたカウンターテーブルに着いた。
「今朝は何がご所望かしら?」と両肘の腕を僕の前のカウンターにおろして、彼女が尋ねてきた。
「今日は早番なのかい、ロゼッタ」
「違うわ。夜勤明けなのよ。早番のロミーおばさんが遅れているの」と彼女は口を尖がらせて答えた。「まいっちゃうわよ、ほんと。スコットさんはロミーおばさんにはいつも甘いのよ。それより、アナタはこんなに朝早くから優雅にお散歩?いいご身分だわ」と言った。
「僕だって、明け方まで日本語のコピーを書いていたのさ。そのままベッドに潜り込むには勿体なくてね。なによりキミの顔も見たかったからさ。どちらかと言えば散歩の方がついでさ」と答えた。
「ふふふ、嬉しいこといってくれるじゃない。じゃあコーヒーよりも暖かいミルクの方がよろしくて。で、あとは何にする?」
ちょっと考え込んで「プレーンベーグルが残っていたら、それが欲しいな」と僕は言った。
「OK」と彼女は微笑むと、カウンターを後にした。僕は煙草に火をつけ、今朝出がけに受け取ったばかりの新聞を拡げた。
僕がベーグルとミルクを平らげた頃、ちょうどロミーおばさんが店にやってきた。僕を見かけると彼女は「ハーイ、JP!朝ごはんは済んだ?」と言った。
「おはよう、ミズ・ロミー。たった今済んだところさ」と僕は答えた。
ロミーおばさんが店の奥に消えると、入れ替わりに着替えを済ませたロゼッタが出てきた。
「送っていくよ、ロゼッタ」と僕が声を掛けると
「もちろんよ!」と彼女は笑った。
他愛のない話を続けながら、ロゼッタのアパートメントまで歩いた。ふとロゼッタが思い出したように、「そう言えば、あの話知っている?」と尋ねてきた。「ダニエル・ジョイスの遺言の話よ!」
「ロックバンド“パルミス(PALMYTH) ”のヴォーカルのことかい?この前ツアー中に死んだ話は読んだけど、彼に遺言があったというのは聞いてないな。彼の最後のテレビ出演なら、確かリアルタイムで観てたよ」
「そう!じゃあ、話は早いわ」と彼女は軽くウインクして、話を続けた。
ロゼッタの話によると、ダニエルが番組で語った“運命を司る神様”のやってくるのが、どうやら今年、それもここ数ヵ月のうちだということ。更に、今回その神様が姿を現すのが、どうもこの街だという噂が広がっているらしい。
「素敵な話だと思わない?」とロゼッタは目を輝かせながら言った。
「ロゼッタ。ひとつ聞いてもいいかい?それって新聞とか雑誌とかに載っていた話?」と僕が尋ねると、
「インターネットよ。アタシも先週市立図書館のパソコンでアクセスしてみたのよ。世界中でとても盛り上がっているらしいわ。色んな人がいろんな説を提唱しているわ。でも、馬鹿にばかりもできないのよ。なんたって統計学的に割り出されたって話よ」と彼女は言った。
それから、ロゼッタは首をかしげてこう言った。
「そういえば、最近街に人が少し増えたような気がしない?」
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その噂が原因とも言えないのだろうが、街が少しだけ活気づいたようだった。去年と比べて観光客とバイカーの集団が増えたような気がした。それでも僕の生活はこれといった変化もなく、相変わらず朝は靄かがったレイク・パークに行き、サニーデイズに通い続けた。
ネットの掲示板には、神様と遭遇したという話が匿名で毎日数十件と書き込まれていた。僕は図書館で調べものをしたついでに、そこに設置してあるパソコンを通じて時折、野次馬の一人となった。
眩い光とともに夜の路地裏に舞い降りてきただの、ダウンタウンにあるハモック雑貨店で声を掛けてきただの、白っぽい麻の服を着ていただの、神様はHeではなくSheだっただの等々。どれももっともらしく、どれも嘘臭かった。参加しないことの方が罪悪のような掲示板だった。そこには沢山の人達のバライティに富んだ創作物が並んでいた。もしかすると、その中のひとつは本当のことかも知れない。
僕がその中で気に入ったのは、「姿勢の良い小太りの70歳位の男。スーツにネクタイをつけ、額は禿げあがっていたよ」という投稿だった。その記述は僕に往年のアルフレッド・ヒッチコックを連想させた。きっと、真っ黒なコウモリ傘でも差して、ひと気のない夜にハーバーフロント辺りにすうーと登場するんだ。
数ヵ月が経ち、「ダニエルの遺言」(現象に対して誰が便宜的に名付けたんだろうけど)と題した掲示板への書き込みはほとんどなくなっていた。そして人々の脳裏からも忘れ去られていた。クイーンズ・ストリートはすっかり秋めき、そろそろ上着が恋しい季節になった。
僕はロゼッタに誘われて、新しいコートを見に行く約束をしていた。彼女の口からもダニエル・ジョイスの話題が飛び出さなくなって久しい。
待合せの場所に30分以上も前に着いたので、時間潰しにショッピングモールの中を歩いた。喉が少し渇いていて、何か飲みたかったが、彼女が来るまで我慢することにした。モールの通路の至るところにはベンチが設置されていて、家族連れや恋人達がそこでおしゃべりしたり買い物リストを確認したりしていた。
空いている席を見つけ腰を下ろし、行き交う人々を眺めるともなく眺めていた。大勢の人たちによって発せられたノイズの中で、僕だけが何かに取り残されたようだった。自分だけが何者でもないような気がした。喪失感が身体の中に次第に広がっていった。そのことが奇妙に心地よかった。僕は目を閉じて、ノイズのひとつひとつに神経を集中させた。
その僕の耳に、アップテンポな音楽が響いてきた。それはダニエル・ジョイスの声だった。…頭の中で、曲のタイトルを思い出そうとした。もう何年も前の、確かまだティーンエイジャーだった頃だ。曲のサビが終わろうとしていた。
ダニエルは繰り返し繰り返し歌った。
「退屈は罪なのさ」と。