2月の洋楽界~メモリアム | ポップス小僧辰五郎のこころのeye

ポップス小僧辰五郎のこころのeye

スティーヴィー・ワンダーが好きです。心の愛はこころのeye。音楽や植物に関心。

確定申告期ですが、飲み代の足しにでも還付をと思っても毎年見送りです。今は医療費の足しにでもと考えますが、領収書をかき集め計算して平日に税務署行くことを考えると数千円の還付ではヤーメタ!と考えてしまう。
死してなお売れ続けるとは、世代・時代を越え愛され続けるということ。
2月はアーティストの訃報が印象に残る。
83年カレン・カーペンター 喫茶店で流していたFM東京で知る。同席していた先輩が頭を抱えてしまい洋楽知ってるんだと初めて思った。カーペンターズファンとは男の沽券にかかわると皆ツェッペリンやプログレファンを標榜せざるを得なかったが、心の中は違っていた。74年の来日公演は往復ハガキによる抽選であったからクラス中、一族郎党引っ張り出して応募したのだった。
2012年ホイットニー・ヒューストン、86年の初来日公演観たかった。
ドン・コーネリアス、初期ソウルトレイン司会者の髪と服装はお茶目であった。
85年デビット・バイロン ユーライア・ヒープのボーカル、ミュージシャンにありがちなアルコール依存症だった。
98年ファルコ、87年に一発ヒット「ロック・ミー・アマデウス」