批判をされる事柄なのかもしれない。
人っていうのは自分を棚にあげて平気で物事をいう物である。
じぶんでどこかしらやってることを、そーゆーのはよくないんじゃない・・
なんて平気で人に説教する。

まだまだ自分でも精進がたらない昭和初期の先輩がたからみればはなたれ小僧だが
それなりに濃い人生を
歩んできたと思う・・。

その人たちはどんな人生を歩んできたのだろうか。
きっと買ってほしいと言えばあたえられこんなのいやだ~っていえばじゃあ、違うのねって
いい子いい子で金持ちではないが裕福な家庭できたんだろう。

自分もタイシタものではないがそうゆう輩は匂いでわかる。
結局メッキははがれるものである。

教えられて(いわれて)覚えるもの(やるのではなく)ではなくじぶんで気がつくことが
始まりなのだ。

たいした事も出来ず(横から上から叩かれ)もがいて頑張ってる人はいつか実になる。
なぜか・・、それはもがいても頑張ってるから。

自分さえも理解してない(自分をわかってない)やつはとうふの角だろう。
今はそれでまわりに人がいるだろう。(それはそうだ、同じ奴があつまってるのだから)
20~30年後を楽しみにしていなさい。
ひとりさみしい老がまってるぞ。


それがしは本当のいみで頑張ってる人には自分を犠牲にしても、いくらでも手をかそう。