こんな記事を読んだ。全文引用します。

「消えかけた下駄の音、高校生が継ぐ 82歳職人「線一本にも意味がある」」

【棚田村】

棚田村の玄関口、棚田村駅前商店街で65年続く下駄店「久保田下駄店」が、後継者不在を理由に今年12月で店を閉じることになった。だが3代目の久保田伝三郎さん(82)のもとには8月から、県立棚田高校郷土工芸部の生徒4人が毎週水曜の放課後、駅から150メートルの工房に通い、伝統の「棚田下駄」づくりを教わり始めている。声をかけたのは顧問の岡崎悠人教諭(34)だった。

きっかけは6月、部員が夏祭りの盆踊りで履く下駄の鼻緒を切らし、駆け込んだことだった。久保田さんは無言で修理台に向かい、10分で直してみせた。その手つきに見入っていた2年の波多野奏太さん(17)が「弟子にしてください」と頭を下げると、久保田さんは驚いた顔のあと「物好きだねえ」と笑った。実はその2週間前、久保田さんは廃業を決め、道具を片付け始めていたところだった。

棚田下駄は、急な棚田のあぜ道を歩きやすくするため鼻緒の位置と歯の角度を独自に工夫した郷土の履物で、1961年の創業以来、久保田さんが型を守ってきた。1足6800円。「歯の高さを1ミリ変えるだけで、あぜ道での歩きやすさがまるで違う」と久保田さんは語る。生徒たちは鑿(のみ)の持ち方から教わり、8月末にようやく最初の1足を仕上げた。

顧問の岡崎さんは「郷土工芸部は部員集めに苦労してきたが、消えかけた技術には人を引き寄せる力があると知った」と話す。長年の常連客で近くに住む淀川ハルさん(79)は「あの下駄でないと足が痛くなる。若い子が継いでくれるなら、私はまだ100足でも買う」と目を細めた。

噂は商店街に広がり、9月には新たに部員2人が加わって計6人になった。シャッターを下ろしがちだった隣の惣菜店主も刺激を受け、店先の棚を無償で貸し出し、生徒たちの試作品を並べるようになった。久保田さんは廃業を撤回し、12月以降も工房を「教える場」として残すと決めた。

9月1日、初めて客に渡す下駄を仕上げた波多野さんは、鼻緒を結びながらこう言った。「下手でも、次に誰かがこれを履く。それを想像したら、削る手が止まらなくなりました」」

「消えかけた下駄の音、高校生が継ぐ」という見出しの記事を読んだ。65年続く下駄店が後継者不在で年内に閉店予定だったところ、地元高校の郷土工芸部の生徒が弟子入りを申し出て、82歳の職人が廃業を撤回したという話。

「歯の高さを1ミリ変えるだけで、あぜ道での歩きやすさがまるで違う」という職人の言葉、エンジニア的にも刺さるものがあった。技術の継承って結局、こういう地味な一手間の積み重ねなんだよな。